赤い髪の色と薄い目の色や白い肌のせいで、幼い頃から好奇の目に晒され続けた。
同性からはやっかみを、そして異性からは欲情に濡れた目を向けられる日々に辟易しつつも、傲慢にも卑屈にもなる必要は無く自分は自分だと、見て見ぬ振りを続けてきた。
そしてそんな異性の視線が最悪の形で襲いかかって来たのが、中学3年の冬。
レイプされた事にはもちろん傷付いたけれど、それと同じくらい事後処理に打ちのめされた。
緊急避妊薬を飲まされ、次の生理が来るまで万が一の事を考えて、頭がおかしくなりそうだった。
両親を伴って警察へと何度も足を運び、聞き取りだの証拠の為だのと根掘り葉掘り穿り返されて、まるで両親の前でもう一度犯されているような心境になったのを良く覚えている。
あの日から私の中で、私は私では無くなった。
『ユ・ウンス』から『暴漢に汚されたユ・ウンス』になり、もう二度と昔の私には戻れないのだとの思いが拭えなくなってしまった。
たまに襲い来るフラッシュバックに怯えつつ、何もなかったような顔をして過ごす日々。
強くなりたかった。
もう誰にも奪われたくない、汚されたくない、その為に力が、戦う為の武器が欲しかった。
そして私が導き出した答えは、お金とステータスを手にする事だった。
それらを手にする事が出来たなら、強く生きて行けると信じて疑わなかった。
それでも男の人が嫌になったかと言えばそんな事は無く、ちゃんと好きな人も出来たし、お付き合いもセックスだって普通にこなした。
学部生の頃付き合った、初めての彼氏に尽くしまくったのは苦い思い出だ。
彼は何度か身体を重ねると、私が全くその行為に慣れる様子が無いのに辟易したのか、そのうち行為自体を拒むようになった。
私は彼に全てを受け止めて欲しいと願い、過去の出来事を告白したけれど、医者を目指す身としては当然のように、カウンセリングを勧められる始末で。
結局彼はあっという間に他の女性に走った。
私の中に僅かばかり残っていた、恋に恋するような幼いばかりの気持ちはその時見事に打ち砕かれだけれど、あれはあれで今の私には必要な事だったのだと思う。
当時の私にとってセックスとは、証立ての為に必要な行為だった。
他の女性達と同じように誰かに抱かれる事で、私だけが他と違うわけじゃない、そう確かめる為だけの。
そのうち回数を重ねる程に、あの忌まわしい手の感触を思い出さなくなっている事に気が付いて。
だから、特定の相手がいない期間などは、クラブに繰り出し男漁りをする事もあった。
心を伴わない行為の時間は、私にとっては心身共に痛く苦しく耐え難い時間だったけれど、少しでもあの忌まわしい記憶を薄れさせたくて、その行為に夢中になった。
完全にセックスドランカーだ。
終いには、男性が自分に対して欲情する様を見て、湧き出すような嫌悪感を持て余していた癖に、それを利用するかのように行為に溺れているという事実に対して吐き気がした。
そんな自分を知られるのも嫌で、他人に対して心に線を引き、これ以上入って来ないでと拒絶する癖が付いてしまった。
そんな中この人に出逢い、昔の事を思い出すような余裕も無く毎日が過ぎて行った。
いつの間にかこの人が私を好きになってくれて、戸惑ったけれど純粋に嬉しかった。
状況的にその想いに応えるかどうかは別として。
それでも、この人が時折私に向ける熱のこもった視線を、怖いと思ってしまうのは相変わらずで。
そんな自分にがっかりしたけれど、私のこの人に対する好意も変わる事は無かった。
思えば最初から、この人に対しては嫌悪感を感じた事は無く、純粋な恐怖心のみだった。
そういう意味でも、この人は私の中で最初から特別だったんだろう。
この人ならば今度こそ、私の全てを受け止めてくれるかも知れない。
そんな想いに突き動かされそうになりつつも、過去の結果が私を臆病にした。
汚してしまう、嫌われてしまう。
本当の私を知られたくない。
この人の内面の美しさに惹かれれば惹かれるほどに、その想いは強くなり怖さは増した。
思い付くままに語り続ける私の話を聞きながら、チェ・ヨンは相槌すら打たず、じっと私を見つめている。
不意にこの人の手がこちらに伸ばされ、無惨に引きちぎられてボロボロになっていたチョゴリを優しい手付きで脱がされ、泥に塗れたチマも解かれた。
「汚れてなんかいませんと言ったって、結局貴女は納得なんてしやしないでしょう。だからあえて言います」
甲斐甲斐しく私の衣を脱がせながら、この人は手つきとは真反対の強い声音で私に言い放った。
「それがどうした」
驚いて見つめたこの人の表情は、いつもの通りの無表情で、何を考えているのか全く読めない。
優しい手つきはそこまでで、今度は少し強引なくらいの力強さで湯の張られた大盥まで手を引かれた。
少し温くなったお湯に下衣のままの私を浸からせると、桶で掬ったお湯を少しづつ掛けてくれる。
「辛い過去も全部含めて、俺が心から惚れ抜いてる貴女なんです。俺を汚す?貴女が?上等です。俺を一体誰だと思っているんですか」
そして私の頬を温かな両手で包んで、鼻先が触れ合いそうな程近くにその綺麗な顔を寄せた。
「イムジャ。ユ・ウンス、ウンス…ウンスヤ。俺は貴女を愛しています」
吐息を多分に含んだ低い声が、痺れるような甘い響きを持って、鼓膜から私の心へとじわじわ広がっていく。
私をじっと見つめる深い呂色の瞳が、強く輝いて目を逸らせない。
「貴女がその汚れだと思っているもので、俺がどうにかなるなんて思っているのなら、やってみれば良い。俺の方が先に、貴女を俺の色に染め上げてやりますよ。どうせ泣いて嫌がったって、俺は貴女を逃してなんかやれないんだ」
私の心の傷を覆い隠すように、この人の想いと言葉が降り積もる。
それは決して傷を癒してくれるようなものでは無いけれど、凍えた心を温めてくれるには充分すぎる程で。
あんなに私が、悩んで苦しんで怖がって二の足を踏んでいた距離を、この人は物ともせずに飛び越えてしまった。
『それがどうした』
たったその一言だけで。
「ふふっ。俺を一体誰だと…か。そうね、貴方ってば嫌になる程チェ・ヨンだわ」