黄金色に輝く欅の袂、その幹に寄りかかったイムジャはぼんやりと、錦装う山々を眺めている。
大木との対比でその身体は折れそうなほど細く頼りなく見え、抜けるように白い横顔も相まって、儚く今にも消え去ってしまいそうだ。
少し距離を取った場所に立つ俺とヒョンウは、その姿から目を離せずにいたが、こいつがここに来たと言うことは、事態が動いたと言うことだ。
「先ずは報告から聞こう。何があった」
「天門を見張っていた者が複数動きました。それぞれ奇皇后と徳興君の配下のようです」
胸が悪くなるような男の顔を思い出して、俺は思わず鬼剣の鍔に指を掛けた。
「信書は改竄し、経路を撹乱するような情報をばら撒くよう指示を出しました。これで暫くは時間稼ぎが出来るでしょう」
「お前に任せた人員のうち、潜り込ませた間者と最低限繋ぎをつけられる人数を残して撤収しろ。後の指示は兵営に戻ってからだ」
「イェ」
厳しい顔を崩さないヒョンウだったが、あの方を見つめる目は憂わしげだ。
「天が私の記憶を奪おうとしているのかもしれない。ウンスヌナはそう言っていました」
「お前は何故そんな大事な事を…!いや、不確実な話を俺に報告出来る訳無いな」
「申し訳ありません」
「あの方に関する事だけは別だ。次からは頼む」
ヒョンウは確と頷き一礼した後、指示を遂行する為に、来た道を駆け戻って行った。
思ったより長く、ひと所に留まってしまった。
夕刻が近いのだろう、小高い丘を吹き抜ける風は肌を刺すような冷たさを纏っている。
「イムジャ、そろそろ場所を移動しましょう。このままでは風邪をひいてしまいます」
そう声を掛け手を差し出すと、この方は素直に俺の手を取り立ち上がった。
「彼、迂達赤か手裏房の人かしら。どうしても思い出せなくて…悪い事しちゃったわね」
「今は特別任務の為に隊服を脱いでいますが、迂達赤隊員です。先程の事は、あいつの勘違いかもしれません。後で俺が確認しておきますから、貴女もあまり気に病まないで下さい」
そうこう話している間にもこの方は、山道に何度か躓きそうになり、俺もすっかり繋いだままの手を離す機を逃してしまった。
しかしこの方も、先程のように無理にその手を引き離そうとはして来ない。
気づかれないようにそっと様子を窺ってみると、顔色も悪く疲れが見て取れる。
「もう少し下れば、馬を繋いでいる場所に出ます。そこまで暫しご辛抱を」
革鎧を着ている所為で抱き上げてやることも出来ず、悪路を歩かせる事になってしまった。
その上この寒さなら、風除けの外衣も必要であったろう。
何くれと無く考えていると、イムジャがこちらを見て目を細めている。
「何です」
「ううん。相変わらず、何でも自分の所為なのね、と思ったら何だかとても…」
そこまで言うと、周囲の紅葉が映り込んだかのように、鮮やかに頬を染め上げて見せた。
この方の顔色が悪い。
疲れも溜まっているようだ。
晩秋のこの季節、外衣も無く寒がりのこの方には、さぞや堪えるだろう。
革鎧を着込んだこの身では、小札も金具も痛むに違いない。
この方は言った筈だ、時間が欲しいと。
頭の中に浮かんで来る言い訳のどれも、俺の中にある衝動を止められそうにない。
「イムジャ」
「なぁに?」
「俺を止めたければ、どこでも構わぬ…殴れ」
胸を突き上げるような愛おしさに耐えかね、俺は目の前の細く柔らかな身体を掻き抱いた。