この方の仕出かした事に腹を立てていないと言えば、それは嘘になる。
何故、俺に本当の事を言わなかった。
何故、俺を救う為にご自分を天に差し出した。
例え奇跡のように全てが上手く行ったとしても、俺が能天気にそれを享受出来る訳が無いと…何故、考えて下さらなかった。
ただそれを上回る程の、有り難いと思う気持ちと詫びたい気持ちもある。
だからこそ、今俺がこの方に伝えたい想いはそんなものじゃ無い。
「貴女は、愚か者です」
俺のその言葉を聞いたイムジャは、弾かれたように顔を上げ、大きく目を見開いた。
「…え?」
「俺は貴女がいなくても、食べて、寝て、笑えていました。だからこそ、貴女が必要だから側にいて欲しいのではなく…ただ単純に恋しく思うから側にいて頂きたいのだと、そう思いました」
貴女がいなくても、生きてはいける。
だがそれは死なぬ事、それだけだ。
それでは、本当の意味で生きているとは言えないという事を、俺はもう知ってしまった。
「イムジャも俺と同じ思いだと感じるのは、自惚れ過ぎですか?」
「どうしたっていうの?何だか貴方らしくないわ」
そう言い、イムジャが不安そうな顔をしてこちらを見上げている。
俺は邪魔な笠を脱がせると、宥めるかのように秋の乾いた風に吹かれて縺れた柔らかな髪を、手櫛で梳いてやる。
するとこの方は、はにかんで俯いた後気を取り直したかのように顔を上げ、俺に向けて穏やかに笑ってくれる。
口下手だという自分に甘えてはいけない。
そして、それを許してくださるこの方にも。
「俺は四年前、貴女に望む言葉すら差し上げられないまま、独りにしてしまいました。再び離ればなれになるつもりもありませんが、俺に出来る事は全てして差し上げたい。あの様な後悔はもう二度と御免です」
俺は四年前のあの日から、貴女が埋めてくれた薬瓶と小菊を手に、変わらずこの高麗で王様の元、迂達赤達と共に叔母さんや手裏房の助けを借りて何とかやってこれた。
だが貴女はどうだ。
100年も前の時代に、たったお独りで放り出され…それは塗炭の苦しみであったろう。
この方の寂しさや心細さを想像しただけで、心が絞られ、堪らない気持ちになった。
そして今、自分に向けられている穏やかな微笑みが、心に染み渡っていく。
尊くありがたくて、とんでもない苦労を経て俺の元へ戻って来て下さった、その気持ちに報いたいと切に思う。
心の内までも透かしてしまいそうな程に澄んだ空気が、俺達二人の間を吹き抜けて行く。
その冷たい風に、イムジャは小さくふるりと身を振るわせた。
俺は少し体をずらして風除けになってやりながら、改めてその花のかんばせを見つめる。
(やっとだ。やっとこの手の届く所へと戻って来て下さった…)
両手でそっと、この方の白く温かな両手を掬い上げると、記憶の中にある滑らかさより幾分傷んでしまった指先に、触れるだけの口づけをした。
「俺の、貴女へのこの気持ちは『愛』です。イムジャ…愛しています」
こぼれんばかりに大きく見開かれたこの方の両眼から、瞬きのたびに星屑のような煌く涙がはらはらと零れ落ちた。