パニック障害になってから、好きだった電車も乗るのが怖くなった。
特定されない程度に言うと、僕は兵庫県出身である。
阪急 大阪梅田に向かうマルーン色の電車の走る姿を幼い頃から毎日見ていた。
元々は遊びも好きだったため、梅田も難波も鶴橋も吹田も京都も奈良も皆ご近所感覚だった。
パニック障害になったあの時期、そんな楽観的な僕の感覚は粉々にされ、梅田すらも"近くて遠い街"となってしまっていた。
それからは、Googleマップだけが一縷の望みだった。
「いつか治ったら行きたい」「あの頃は良かったなあ」
パニック障害で身動きが不自由な自分にとって、ストリートビューでバーチャル見物をすることだけが、自由だった過去にもまだ分からない未来にも光を灯してくれた。
今回はその中でも宇治川流域をピックアップして語ろうと思う。
宇治をストリートビューをした時、その景色は画面を越して僕の心をキャッチした。
京都市街は、古都である以前に140万人以上が住む政令指定都市でもある為、なかなか人の荒波があるように思えるし、景観条例を定めつつもやはり現代的なビルが多すぎると思う。仕方がないが。
一方、宇治はそんな大した都市ではない為、低平な建物ばかりで構成されている。
歴史遺産ももちろん見どころである。
京都市や奈良市にも引けをとらない。
僕はこの街について考える時、室町時代にタイムスリップしたら楽しいだろうなと思う。
ここからは全て妄想であり、歴史的に大きな誤りがあるだろうことは許して欲しい。
まず、大坂方面からやってくることを想像する。もちろん、室町なので現代的な建物もない。
季節は夏。まず、日本三古橋である宇治橋を渡り、その途中天ヶ瀬方面の山々を望む。
その後、活気のある平等院表参道に差しかかり、ここで茶を飲んで一休憩。
そして平等院に参拝。
次に青もみじのトンネルに吸い込まれるようにあじろぎの道を歩き、静寂の中、草履の平たい靴底が石畳を叩く音だけが響く。
今度は視界を左手に、喜撰橋を渡り浮島の原っぱで胡座をかいて休憩。座っているからか、浮島十三重石塔(日本最大の現存石塔)がより高く見える。頂上まで見上げようとすると首を痛めそうだ。
さて、体力が戻ってきた所で中島橋を渡り葉桜を横目に進む。ほんの少し回り道だが、柵から身を乗り出して宇治川を見下ろす。水面が太陽光を反射しギラギラ煌めいている。柿本人麻呂がかつてこの波を見て物思いにふけていたとは趣深い。この上流、何があるのだろうか。袂から地図を取り出してみると、なんと日本三古橋の瀬田の唐橋や石山寺、そしてあの琵琶湖と接続しているではないか。
あの山の向こうにもまたそんな和の世界が広がってるとは面白い。
そんなこんなで朝霧橋を渡り対岸へ。
目の前には鳥居が迫っていた。宇治神社である。蝉の音がうるさく、茹だるような暑さで目が眩みそうだが、坂を上り拝殿に到着。
賽銭箱に銭を入れて鐘を鳴らし、手を合わせる。
「あれが本殿か」と向こうを眺めると、どうやらまだ何か石畳の道があるではないか。地図を見ると「さわらびの道」と記してある。
気になってその道を歩くと、また鳥居が現れた。宇治上神社である。
名前だけ見て、宇治神社より更に格式の高い神社なのではと思い、拝殿に向かった。
また賽銭箱に銭を入れて鐘を鳴らし、手を合わせ、宇治の旅の最後をしめる。





