★前回のブログ
某市長さん
『不登校の責任の大半は親にある』と言っていたのを聞いて、
別にショックはなく、
逆に、
そんな一つの見方しかできない人であること、
そういう価値観を持ってる人だと、
テレビなどで自己表現(アピール)してるなぁと思っただけ。
お粗末な自分を、なんとも感じず、
平気な様子で、
ほんと面白いなと。
(皮肉です^^;)
日本の学校教育への意識の低さが、
露呈されたよなぁと私は思ったよ。
とはいえ、
子どもが不登校真っ只中だったら、
チクチクッとショックを覚えたかもしれない。
娘たちが学校と関わっていた頃、
やはり母親の育て方が悪かったのかな?と感じることは、
幾度もありました。
だって、娘二人が不登校だったもん。
夫には、なんで行かせんのだ...と言われたこともあって、
私が悪いわけ?って思ったし。
その時は次女ちゃんの場合だったけど、
嫌がる次女ちゃんを、
車から剥ぎ取るように、手を引っ張って、
学校の先生に引き継いだこともあった。
けど、
そこまでして、登校させることが正解なのか?と
自分の心がざわついた。
小4の2学期にはっきり分かったのだけど、
ある生徒に対して特に、怒鳴る先生がいたので、
それを見てるのが辛くて、
学校が怖いところになって、
行けなくなっちゃった次女ちゃんなのに、
学校の先生は問題ないってこと???という疑問。
学校は子どもたちが学ぶ場所だと思っていたけど、
先生が働く場としての役割が強いんだなと思ったよ。
(その後も継続して先生をしていたらしいし)
その先生が大きな声で怒鳴ってる時、
ほかの生徒は怖くて固まってたのは、いいことなんだ?
障がいのある子はお話出来る子もいるけど、
上手く伝えられない子もいるから、
学校であった出来事を、健常児のように親には話せないから、
何年も同じ先生だと、
その生活が普通の状態となり、
悪い状況も続くというのに、
支援学級を担当してくれる先生がいないのか、
次女ちゃんが入学してから4年間、同じ担任だったし、
卒業まで見送れますよと、個人面談で言われた。
当時はどうしていいか分からず、
❛卒業までの担任、要らんし~❜と心の中でつぶやくしか出来なかった。
不登校の子がいなくなれば、
問題なしとなるのって、どうよ。
問題になってる根っこの部分、そのままじゃないか?とも思うけど。
不登校になったら、
怠け癖が付くとか、
弱い人間だよねぇと、
周りの声が耳に入ってきたことで、
顔には出さないけど、
当時はかなり傷ついてたよ。
長女とはちゃんと会話ができるので、
(ダウン症の次女ちゃんとの会話は難しい)
私の育て方が悪かったのかも...と呟いたら、
なんかなぁ、嫌だな、その言い方。
母さんのせいじゃなく、
自分で選んで不登校してるのに...と。
確かに、
家族の関係性で、なにか影響があることもあると思う。
すべて親のせいって、どうよ?
心がザワザワ。
親が話すことを、反抗もせず、
いうことを聞く子なら、
登校するでしょ...という考えなのか?
それは子育てが成功してるということ??
いじめが嫌で、不登校になったのも、
親のせい?
イジメる方は、普通に登校してて、
イジメられた側は、不登校。
学校側がそれを肯定してる状況だから、
イジメ=悪いことではない...とか、
バレなきゃ大丈夫とかって、
子どもたちはなんとなく感じてないかな?
イジメられて登校出来ない娘の存在が、
無き者になってるではないか?...と
当時担任だった先生に食いついたこともあったっけ(;^_^A
学校へ行かなくなって、
しばらくしてデモクラティックスクールの説明会に参加した時、
長女が
『不登校はいじめがキッカケだったけど、
いじめがなくても、そのうち学校へ行かなくなったと思う』と。
まぁ、びっくりしましたよ(笑)
いつ休めるかな?みたいなことを、
小学校に入ってから、考えてたらしい(;^_^A
次女ちゃんが学校へ行きたくなくて、
遅刻は当たり前で、休む日もあった。
ある日、長女が、
学校へ行きたくないと言ったことがあった。
私は行かせようと話をしていたら、
『なんで次女ちゃんは休めるのに、私はダメなの?』と。
痛いところを突かれた感じで、
じゃあ、今日はお休みしよう。
せっかく休むなら、遊びに行く?という流れになり、
モリコロパークに3人で出掛けたっけなぁ。
スピリチュアル好きだけど、
スピ系の人は、
私の思考が現実となってる...と、
教科書に書いてある?かのように、
同じセリフを言ってた。
つまり不登校になったのは、
母の影響(せい?)だということだよねと思って、
さらに落ち込むとかw。
私より子供のことを心配してる人もいたけど、
子どもは元気に登校してるし、
私の思考が現実化するって言葉は、
なかなか腑に落ちない。
もう一つスピ的な見方だと、
そういう経験をしたくて、みんなが選んでる...というもの。
それも記憶がないから、信ぴょう性がないのだが、
次女ちゃんが中二の時にキャンプへ参加するために、
中一の時は一日も登校しなかったのに、
中等部の先生に次女ちゃんがどんな子が理解してもらうための、
登校が必要だと言われ、
それも強引に連れてきたことは一度もなく、
次女ちゃんが自ら選択して、参加条件をクリアし、
キャンプ後しばらくして、また不登校になっていった時に、
私の人生が一巡して、
新しいものへとスイッチしていくような感じがする...とふと思った。
その途端、
『あ~、楽しかったっ』というスピリット...感情が、
自分の奥の方から湧いてきて、
そりゃもう、驚きました。
だってね、
小1の二学期から登校渋り、
小4の三学期から完全な不登校
小5は支援学校へ転校し...いろいろ長きに渡ってあったわけで、
大変だったことも数知れず。
それを体験したくて、
体験できたから、楽しかったってこと???
...と自分に問いかけてました。
そういう点では、
生まれる前から、体験したいことを決めてくるっていう話には、
納得するしかない...というか、納得できるよ。
話が反れちゃったかもしんないけど、
不登校の理由なんて、
ほんといろいろあるんだろうなぁって、思うって話でした(^O^)