小澤竹俊先生のFBより引用
なぜ、まもなく死ぬ人に、時間とエネルギーを費やすのですか?と問われたら、皆さんは何と答えますか?
超高齢多死時代に備えるため、地域包括ケアシステムが活きたシステムとして多職種連携の実践と、その延長にある地域での看取りが求められています。しかし、7月に厚労省から発表されたデーターが明らかなように、在宅での看取りは数字としては徐々に増えていますが、これから予想される多死時代に対応できる数字ではありません。この数年、連携拠点事業をはじめ、取り組みがなされてきましたが、なぜ思うような広がりを示さないのでしょうか?私は、冒頭の挙げた問いに、今まで、きちんと向き合い取り組んでこなかったからではないかと感じています。
苦しみを抱えた人に、私たちが関わる事で苦しみが和らぎ、元気になるのであれば、関わる私たちも嬉しいと思うでしょう。しかし、どれほど心を込めて関わったとしても、日に日に弱くなりお迎えが来る人と関わることは、決して簡単ではありません。診療報酬による経済的な誘導を試みても、実際に在宅看取り実績が思うように伸びないことは、厚労省のデーターで明らかです。
この20年、医療の現場で看取りに正面から関わってきた現場の1つはホスピス・緩和ケア病棟です。毎日のように若くしていのちを失う苦しむ人とその家族の支援を繰り返してきました。そのホスピス・マインドを言葉にしていく必要性を感じています。
なぜ、まもなく死ぬ人に、時間とエネルギーを費やすのですか?
人は、ただ苦しむのではありません。その苦しみを通して、苦しむ前には気づかなかった大切な自らの支えに気づいて行きます。あたりまえに思えていた1つひとつが、実はすごく大切なことに気づきます。家族がそばにいるだけで嬉しい、何気ない友人の一言が暖かい、何気ない庭に咲いている花に心打たれる、今まで聴き逃していた音楽に涙を流します。決して気が弱くなったのではありません。大切な自らの支えに気づくとき、同じ苦しみの中にあって、穏やかさを取り戻す可能性が見えてきます。
あるときには、苦しみのあまり早くお迎えが来ないかと願っていた人が、こんな自分でも生きていて良かったと思える瞬間でもあります。この関わり方である対人援助を、一部のエキスパートだけではなく、子供にもわかる言葉で伝えて行く必要性が2025年までに求められるでしょう。
何度も読み返し、咀嚼していますが、
先生の言葉に共感しても、その感情を言葉にするのは難しいですね。
でも、言葉にしなければ伝わらない。
今日は、ボランティアの日なので
電車のなかでボーッと考えていると、アンパンマンの歌が浮かんで来ました。
何が君の幸せ?
何をして喜ぶ?
わからないまま終わる
そんなのは嫌だ
介護職は 、まもなく死を迎える人に時間とエネルギーを費やす仕事。
仕事をしているとき 対象者に対して
何が○○さんの幸せ?
何をしたら○○さんは喜ぶ?嬉しい?
そして、自分自身も
何が私の幸せ?
何をしたら楽しい?
そういつも思うこと ができているのならば、
「なぜ まもなく…」の問いに 当たり前だからと答えられるのではないでしょうか。