世の中、政治の季節となったようだが、三島由紀夫に『大臣』という短編小説があることをご存じだろうか。

三島由紀夫は東大法学部卒業後、一年足らずであるが大蔵省のお役人として勤めたことがある。この作品はそのお役人としての短い体験が背景にある。後で書く自ら体験した一つのエピソードを三島風に味付けをして創作したものであろう。こんな話である。

 

 組閣で財務大臣を引き受けた主人公国木田はもともと官僚が嫌い。そこでこの大臣、就任演説の原稿を自ら書くことにした。書いていると何故か昔惚れた芸妓や新橋の名妓などの顔が思い浮かび、彼女らの名前をさりげなくその原稿に入れてみた。翌日側近の官僚たちに見せると、散々に評価され、書き直しされた。女たちの名前は消えていた。就任演説を始めた。気のない演説だった。ほとんど無関心の冷たい視線があった。

大臣に就任した一人の男の意気込みと、まわりの官僚たちの戸惑いあるいは官僚独特の冷酷さが描かれているように思う。

 

 ところで、三島が自ら大蔵省で実際に体験したことだが、三島はこう書いている。(『三島由紀夫日録』から引用)

 

国民貯蓄振興大会における大蔵大臣の演説原稿を書かされた。

 笠置シズ子さんの華やかなアトラクションの前に、私のようなハゲ頭が演説をしてまことに艶消しでありますが・・・といった草案を課長のところへ持っていったところ、まず「ハゲ頭」の一語が赤鉛筆で消されついで、完膚なきまで添削が施される。

 

続いて、帰宅後家族と大笑い、と書いているから深刻な意味はない。一種の小噺のように扱っている。

 この体験に基づくこの小説は、三島らしい諧謔と風刺で一人の大臣の権威と官僚の無機的な態度をくすぐっているように私には思われる。ちなみに三島自身は、同じ政治家を扱い、プライバシーの問題ともなった『宴のあと』や、『絹と明察』につながる作品であると解説している。