14日に最初の地震が発生してから13日。

少しずつお店が開いたり
交通の便が復旧したり

日が経つごとに明るさを感じるようになっている熊本です。

一方では、元気な熊本になるには課題がたくさんあると思います。

自分が住む場所が被災地になってみて初めて、震災が起きたらこんなに色々なことが出てくるんだと感じています。

身近なところでは
私は仕事がストップしているし

彼は本震の翌日とか2、3日後にする予定だった仕事ができなかったため、本来の休みを潰して出なくてはいけなくなったり
移動も多い仕事なので、高速道路などの通行止めや一般道路の渋滞で仕事そのものでなく移動の運転がすごく疲れるんだそうです(>人<;)

また、空き巣や怪しい業者が近所を回っているからと注意するよう言われたり
買い物できる場所も、あまり開いてないから限られていたりなどしています。
お店が開いてないことで困るのは
買い物しづらいだけでなく、外出時には明かりが減っていることで夜が一段と怖くなったことです。
空き巣被害については、地震でうちの窓の鍵もいくつか壊れたので本当に気をつけなきゃいけません。壊れたところは幸い雨戸がついていたので、それを閉めて凌ぎます。

余震がまだまだあり、揺れるたび怖いです。

熊本の街の至る所で、倒壊・傾いている建物や、ガス・水道・電気の何かが不足している場所などがあります。

うちの近所には、通路の柱が半分に分かれ
さらに傾いてしまったマンションがあります。

車中泊の方にはエコノミー症候群
避難所の方にはプライバシーが不十分なための、ストレスや性犯罪・衛生面から来る病気などが懸念されています。

観光への影響もあります。
これに関しては、GWを前にして起きた地震でさらに余震がいまだに多いため、まだ熊本に来てもらうのは申し訳ない感じもします。まだ、日によっては30分に1度とか1時間に1度のペースで、震度3とかで揺れるんです(^^;
そうでない日でも、数時間に1度は揺れます。

大きな地震が発生するということは、こんなに様々なことへの影響も発生するということなんですね。

これから熊本が元気を取り戻すために、お手伝いして頂ける方々がいるとすれば
だいぶ充足してきた物資の提供
復興に役立てるための義援金
へと、必要な支援の重心が移ってきつつあるようにも感じます。

そしてもう少し余震が落ち着いたら今度は
観光地として熊本に来てくれる人が増えたらいいなと思いますニコニコ

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写真は地震の被害が大きい地域の一つ『西原村』で、1年前の春に彼と見た桜です


温たま♪

地震から2度目の週末。

土曜日には、朝早くから大学時代の友人が
福岡からたくさんの物資を届けに来てくれました。
複数の同級生が物資の提供に協力してくれたみたいで、本当にありがたく思いました。
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せっかく来てくれたからと
朝食だけでもどこかで一緒に食べて、少しお話したかったので
開いてる飲食店を探しましたが、、、なかなかなく。

やっと見つけたモスバーガーに入りました。

今、買い物するにも飲食店を探すにも
本当に開いてるお店を探すのに一苦労です。

スーパー・ファミレス・24時間開いてるのが当たり前のファーストフード・コンビニも
時間短縮の営業だったり、休業中ばかりです。

コンビニの商品棚も、ガラガラな棚がたくさんあります。

一人あたりの購入数が限られる商品も見られます。

これまで、24時間営業のお店は開いてるのが当たり前
そうでないお店でも
欲しいものがあれば、決まった営業時間に行けば開いてるのが当たり前

だったのに
開いてない→欲しいもの買えない
が、たくさんあります。

余震も回数は減った気がしますが
数時間に一度は、震度3とか4を中心に揺れます。

やっぱり夜が来ると怖くて心臓がバクバクして
一晩目を覚まさずに朝を迎えることが、ほぼ皆無になりました。

家の中で、安心して布団で足を伸ばして寝るということがいつになったらできるんだろう?と思います。

彼の家に行く時は家の中で寝るようになったのですが、安眠はできずにいます。

でも、昨日はまた別の大学時代の友人からたくさん物資が届いたり
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この週末には、近隣の避難所となる小学校に有名アーティストの方々が実際に来てくださって物資を持参したり炊き出しに参加してくれたりもしたそうです。

土曜日に来てくれた友人や芸能人の方々、ボランティアの方々など、まだ余震が続いて決して安全ではない熊本に、実際に来て行動してくれる人がいる。

送る形で物資を届けてくれた友人のように、熊本に実際に来ることはできなくても
想って行動してくれる人がいる。

これまでも何度も書きましたが
これまでの「当たり前」がなくなった光景が広がり、余震の続く熊本にいる私の気持ちを支えてくれるのは、やっぱりそんな方々の温かい気持ちです。

この温かい気持ちを受けて思うのは
自分より大変な環境にいる方々や
報道が少ない中で、忘れてはならない大分の方々のことです。

今回は自分も震源からかなり近い場所で被災しているだけに
あまりその方々の助けになる行動はできないかもしれません。

でも、その方々を思うことだけは忘れてはならないととても感じています。

~~~~~~~~~~~

P.S  緊急地震速報も、震源からかなり近いと揺れてる最中に鳴り始めるのを、この震災で初めて体験しました。


。。。温たま。。。




1度目の震度7があった時
仕事の終わった彼の家に着き、DVDを見て、ふざけ合って喋ってました。私と彼のいつも通りです。

まだ着いて間もなかったので
彼に会うのがもう少し遅かったらと思うとぞっとします。

いきなりすごい揺れが来て
敷いてあった布団に伏せ、彼の服を掴み
怖くて目をぎゅっと閉じていました。

揺れが収まり
彼はしばらく家の様子を見たいからまずは君だけでも安全な場所にいなさいと言われ、彼に荷物を持って車まで連れて行かれました。

しばらく1人で車にいて
家族に電話してもすぐには繋がらず
とても不安でした。

1人でいる時
同じ地震に遭った友人たちとのLINEが、人と繋がっているという安心感を与えてくれました。

しばらくして彼からLINEが来て
彼宅ではなく、近くの駐車場に車を止めていたので、彼宅の駐車場に移動しました。

そこに彼がいて、その日はそのまま私の車で一緒に寝ることになりました。

寝ようとしても怖くて眠れず
ラジオを聴きながら、携帯で人と連絡を取り合いながら過ごしました。

朝になり
とりあえず仕事先に行かなければならない彼と、その時はバイバイしました。

1度目の震度7から余震がすごくて
心臓のバクバクが止まらず
ふとした時に涙がすぐ出そうになっていました。

だから余計に彼に会いたくて
その夜は遅くなったけど、彼に会いました。

で、部屋で寝るつもりだった彼に
「部屋に来ない?」
と聞かれましたが、室内で寝るのが本当に怖くなっていた私は
「あんまり行きたくない」
と返し、その日も車で寝ることにしてくれました。

そしてまた、ラジオと携帯で眠れない時間を凌いでいたところ
あの《本震》の、2度目の震度7が来ました。
私は彼にしがみつき、また目をぎゅっと閉じていました。
そして長い揺れの間、「もういやだー」と言っていました。
1度目の時も2度目の時も、揺れている間彼は抱き締めていてくれました。

地震は1度目の時とは、全然違う感覚でした。

1度目の時より、揺れが本当に長く
その後一応揺れが収まったのかもしれませんが、2時間くらいは、ずっと揺れが来てるのではないかと思うほど
間を空けずに、余震が来ました。

その中には、震度6強や6弱を含むものも
短時間の間に来たため
「これは本当にやばいかもしれない」
「どこに逃げればいいかわからない!」
「熊本が終わるのかな」
と本当に思うほど、揺れ続けました。

1度目の地震より明らかにすごいため
車で逃げる人で、真夜中の目の前の通りが一時渋滞していました。

私は、彼と隣に住む彼の先輩さんがどこに逃げようか相談するのを車で待ちました。

揺れるのは今は避けられないし
とりあえず周りに倒壊物のない駐車場へ避難するのが、その時のベストだったと思います。

車で最も近いそんな場所である、レンタルビデオ屋の駐車場に行きました。

ずっと揺れが来るので、下手に長く車で移動するのも微妙で
そこに留まり、カーナビのテレビやラジオを見聞きしながらそこで一晩を過ごしました。

あまりにも恐ろしい状況に
何かあっても冷静な彼が、少し泣いていました。
「鼻水がひどいな」と、私を安心させようとしたのか泣いてると悟られないための策なのかの言葉を言いながら。

そしてあまり眠れないまま朝を迎え
とりあえず仕事先に行かなければならない彼に、その日はついて行きました。

車に積む荷物が大量だった関係か何かで
彼の車のあとに、自分の車でついて行く形でした。

会社について、その日は会社の片付けをしたら帰ることになった彼を待ちました。

帰ってしばらく彼の車でゆっくりし
彼の先輩さんの知り合いのところで、近くにごはんを食べさせてくれるところがあるらしく3人で向かいました。

食べたあとは先輩さんと別れ

そこの近くに倒壊物の少ない駐車場があったため、彼の車でそこに留まり
私の家族もそこに呼びました。

家族も大事だし
彼も大事だし
その夜は、彼とも家族とも一緒にいたい私の願いが叶った夜になりました。

翌日は日曜日で彼も私も休み。
明るくなってから一旦彼の家に戻り、まだ断水していなかった彼の家でお風呂に入り
少し部屋でゆっくりしました。

私の家が断水していたため、彼の家から水を汲ませてもらい
運ぶのを手伝ってもらうため、彼にもうちについて来てもらいました。
そして、水運びと
外れていた窓をはめるのを手伝ってくれました。
兄と一緒にしてくれたので
2人で作業してくれる光景が、不思議であり嬉しくもありました。

その後少し足を伸ばし、先輩さんカップルと、限られた開いてるお店に飲食料の調達に行きました。

自宅の分も大量に買い、届け
彼の家に戻り、その日は先輩さんカップルと外でガスコンロを使ってお肉を焼いて食べました。

今、カップ麺やパン、栄養補助食品を口にすることがとても多いです。

だから、温かいごはんなど
それ以外のものをたまに食べることができると本当においしく感じます。

そして給水所と自宅を何度も往復し、水に困っている生活のため
水道から水が出るという、地震前は当たり前だったことを心待ちにしています。

この1週間ほとんどが車中泊のため
温かい、柔らかいお布団で安心して家の中で眠ることをしたくてたまりません。

当たり前だったことが当たり前にできなくなる。
それは、突然やって来ます。

被災して、肉体的にも精神的にも疲労が溜まる一方で
そんな、今の日本ではなかなか感じることのないことを身をもって体験することは、経験としてはとても有意義なものではないかと思っています。
地震の怖さは、できるなら経験しない方がいい経験かもしれません。
でも、生活の不便さは、身をもって体験するからこそ、普段当たり前のようにできることの有り難みが感じられると思います。

人の温かさといい
一見悪いことには良いことも伴うのだと、身をもって感じている温たまでした。

P.S  私は今回、連絡手段としてスムーズだったLINE
それから携帯を、車のシガーソケットで充電できるようにしておいた環境が便利だったと思いました。
うちの両親は、LINEができず
携帯もコンセントでしか充電できずな環境だったのでとても不便でした。
災害の時には、SOSを求める時にも大切な人との連絡を取り合うにも必要なので

できればLINE
そして、携帯タイプの充電器や車で充電できる環境を整えておくことを、このブログを見てくださる皆さんにもおすすめします。


温たま♪

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顔は隠しますが、初登場の彼との2ショットですo(〃^▽^〃)o

不安な中で
嬉しいこともあったので、書きたいと思います。

まずは、このブログを通して
以前からブログを読んでくださっていた方々や新たに読んでくださった方々から温かい言葉を頂いていること。

そして、熊本地震のことについて書いてくださっている芸能人の1人・藤原紀香さんのブログにコメントしたら、次のブログでコメント返ししてくださったこと。


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そして、大学時代の友人たちで
1週間前の地震からすぐに、何度も心配して連絡をくれる子たちがいること。

それだけでなく
物資を個人で送る準備をしてくれたり
物資提供に協力してくれる子たちが複数いること。

またそれを、近々うちから取りに行ける距離まで届けに来てくれるそうです。

県外の、他の知り合いも
県内の友人たちも
心配して連絡をくれたりしています。

大変な中ではありますが
人の温かさを頂いています。

こんなに心を寄せてくれる方々がいるから
なんとか踏ん張れたり
恩返しができたらという気持ちにもなります。

心配し、温かい気持ちをありがとうございます。
それを受けた私もまた、温かい気持ちにさせて頂いています。

温かい気持ちを、地元にいるからこそのできることを探す力に変え
周りのために行動することができるようにして行けたらと思っています(^^)


温たま♪


今日で、最初の震度7が起きてから1週間。

でも、2度目の《本震》とされる震度7の方が揺れたので
というか、震度7が2回も来たからか
余震がたくさんだからか
1週間と言われても、全然ピンと来ません。

毎日地震来てるから
1週間と言われても…みたいな感覚があるんです。

震度3とか4とかも
普段なら結構目立つのに、もうあまりにも来すぎてすごく小さな地震に感じます。

来すぎているから
気にしてたら身がもたない、気にしてられないみたいな。

熊本の街は、お店が開いたり
飛行機が動いたり
少しずつ動き始めています。

だけど、天井崩落などで
手をつけるのに時間がかかり
再開のメドが立たないお店なども、近くに見受けられます。

熊本市内の中でも益城に近いため
うちの近隣のお店は結構ダメージを受けているみたいです。

少しずつ動き始めたけど
ダメージを受けた建物の多さなどから、熊本の街の再生には、とても長い時間がかかるでしょう。

熊本みんな
不安な状況の中
頑張ってます。

辛いけど自分だけではないから
これから頑張って、熊本の街の元気を取り戻すために
私も身近なところから、できることをしていきたいと思います☆


温たま♪

自宅の壊滅状況
飲食料不足
水、ガス、電気などのライフラインの寸断
余震の恐怖
避難所でのプライバシーの守り難い生活
車中泊での寝辛さ
空き巣、性犯罪
etc...

被災地みんな、色々な不安や不便を抱えながら頑張っています。

私の住む熊本市内、ライフラインの一つである水が80%程度試験通水しているらしいですが
私の町ではまだ出ていません。

このように細かく分けた地域によって、生活の不便度合いは違うのだと思います。

それぞれに不安や不便を抱えた中
自分のこともままならない中で

仕事に行かざるを得ない人
自分より大変な状況下にいる人を救おうと、自らボランティアに参加する人
もいます。

きっと今
地震以前の生活をきれいに送れている熊本県民はかなり少ないと思います。

そんな、1日生きることをとりあえずこなすのに精一杯な中で
全国の皆さんからの温かい気持ちは本当に嬉しいです。

車だと寝辛くてよく眠れない
家だと余震の恐怖でよく眠れない

そんな中で疲れが溜まり、その疲れを取る手段もあまりないです。

寝れない、お風呂に入れないのですから。
お風呂に入れるとしても、このような状況下に仕事に行き疲れて帰ってきて、開いてる温泉の行列に並ばないといけませんから。

飲食料調達のために買い物に行こうにも、開いてるお店が限られているため
これもまた、行列に並ばないといけません。

私は避難所ではありませんが
避難所であまり身動き取れない方々は、食べ物の配給の列に何時間も並んで、一家族でおにぎり1つとかもあるそうです。

家が全壊、半壊した方々の不便はいかばかりか。
私はそこまではないものの、ひびが多く入り、度重なる地震でどれだけ脆くなっているか不安だし
このままにしておくには不安だけど、果たしてどれほど待てば修理できれば補強してもらえるのか。
もしかして、半壊も全壊もしておらず中途半端に壊れた私の自宅のようなところが
国からのお金も保険も義援金も回らず、大変な出費をしなければならないのではないかというのがまた、大きな不安です。

そして今
自分の地元である熊本が『被災地』として報道されていることが、本当に不思議というか実感があまりありません。
それだけ、まさか自分の地元でこんな大変なことが起こるなんてと人間思ってしまうからだと思います。

応援してくださる皆さんも
どうか、まだ起きていないうちにできるだけの備えをして
何か起きたときの被害や物資不足を、最小限に防ぐことができるように今のうちからされてくださいね。


温たま♪
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※自宅の一部です。

私たち被災者は不安です。不便も感じています。
全国から届いた物資もなかなか必要なところにうまく届かない状況に、もどかしさを感じています。

だけど、芸能人の方々も含めた全国の皆様が被災地に心を寄せてくださっていているのがたくさん伝わり
それが本当にありがたいです。嬉しいです。

私が唯一、学生時代の中で熊本以外の学校に通った大学時代の友人たちが
熊本にいる私を心配し、物資などできるものを自らの手で届けようと動いてくれてることがわかりました。

飛行機の距離の友人も、物流が整い次第すぐに足りないものを送ると用意してくれているそうです。

このブログを通してメッセージを下さる方々もいます。

そうした温かい気持ちが
本当にありがたく、不安な中で私を幸せな気持ちにしてくれます。
1人じゃない
繋がってるんだとも思わせてくれました。

被災地に心を寄せてくださっている皆さん
本当にありがとうございます⭐️

皆さんのお気持ちを受け取り
いつまで続くかわからない避難生活を生き延びることができるよう頑張ります。


温たま♪

飲料としても生活用としても必要な、水。
これがないのがいかに困るのかをとても感じています。

栄養を取らなければならないだろうけど
食べればお手洗いに行きたくなります。
トイレのタンクに水を入れればトイレはできますが、そのためにはたくさんの水が必要です。
タンクに溜める作業をしてみて、初めて一度流すのにこんなにたくさんの水が必要なんだと知りました。
明らかに不足しているから
好きなようにトイレに行けないです。

となると、食べるのも最小限にして
なるだけ回数が少なくて済むようにしようと考えます。

また、少し離れた地域に避難しようにも買い物に行こうにもガソリンがいる。

余震の怖さ
生活の不便さ

自分もそれを身をもって体験している被災者の1人です。

でも、いたるところで
飲食物を口にすることさえ、数が足りずに難しいとも聞きます。

私も、少し遠くまで足を伸ばしましたが
少しは飲食物などを調達できています。

ただ、どのくらいこのような生活が続くかわからないため
どのくらいあれば大丈夫なのかもわからない状況。

安心して温かい、柔らかい布団で寝たいなぁ。

家は、散乱したりひび割れしたりなど
壊れてはいないけど、どのくらい脆くなっているのか知りたいです。

心配なことが色々あるので
とにかく安心できる状況が欲しいです。

けど、大変なのは自分ばかりじゃないので
みんなで支えあって乗り越えたいです。

全国から熊本に心を寄せてくれている方々
物資を用意したり募金をしたりしてくれている皆さん
本当にありがとうございます。

スムーズに届かない状況があるみたいですが
心を寄せてくれている皆さんがいること
被災者の1人として、とても嬉しく思います。

1日乗り越えるのが精一杯で
これからどうなるかわからない状況ですが
周りと支えあって、とにかく今日を生きるために頑張ります。


温たま♪
震度7から続く余震だけでも十分応えていたのに、昨夜のはなんですか。
熊本、もう余震が続いて地震も続いて
それはこんなに何度も何度も揺れ続けたら、どんどん建物がもろくもなりますよ。そこにいられない建物が増えますよ。

もとの生活なんていつになるのか。
とにかくまずはもう、揺れなくなってください。

熊本から離れたくても簡単にいかない状況。

日常困らない生活もしくは少しでもお力を貸す余裕のある地域の方々
できることで、どうか助けてください。
2日目の夕方になろうとしていますが
とにかく、余震が多いです。

これでは安心できません。

夜がまた来るのが、本当に嫌です。

飲食料や断水のことを気にしなくてはなりません。

水がすでに出ていない家庭もありますが
私の家は、水がほんとに少しずつしか出ない状況になっています。

お風呂に入ることは断念せざるを得ない状況だと思います。

とても不便。
とても不安。

震度5、6は計4回くらい
震度3や4は、あり過ぎて数えられません。信じられません。

私も震源からかなり近くにいますが、益城町にお住まいの方々はもっともっと大変な状況下にいるのではないでしょうか。

開いているお店もかなり限られ
開いているお店の駐車場は、はみ出すほどの車で溢れかえっています。

取り急ぎ、今の被災地からの状況でした。


温たま