今日で、初めて震度7が来た日から1ヶ月が経ちました。
熊本はどうなるんだろう?沈むのかな?
もしかして、日本や地球自体がやばいのかな?
あの日から変わった熊本。
1度目の震度7から28時間後には
『本震』とされた2度目の震度7。
1度目の震度7ももちろん怖かったです。
ですが、2度目の震度7はそれとは比べものにならない激しさがありました。同じ震度7なのに全く違う感覚です。
揺れが止まらない。
一旦止まったのかもしれないけど
感覚としてはそれがよくわからないくらいで、車の時計を見ていましたが、2時間くらい揺れが止まってない⁈という感じでした。
一旦止まったけど間隔を空けずに大小の余震が来続けたからなのか、ずっと小さく揺れ続けている上にさらに大きな余震が来続けたからなのかはわかりませんが
時計を見ながらラジオを聴き続けていた私は、揺れがやっと一旦止まったかなと感じて時計を見た時に、2時間以上が経っていて驚いたのを覚えています。
実際、その時ラジオで情報を伝え続けたアナウンサーの方が
『スタジオでも揺れを感じています。まだ揺れが収まっていないようです。』
と繰り返していたのを覚えています。
そして一旦止まったと感じたその後も、繰り返し強い余震が来続けたため
熊本はどうなるんだろう?沈むのかな?
もしかして、日本や地球自体がやばいのかな?と思いました。
また
『なるべく倒壊物のないところには避難するけど、あまりに地震が続くから、もうこれ以上はなす術がないじゃん。これで自分のいる場所が地割れしたり、これ以上何か起きてももうなす術がないから、もうなるようにしかならないと思って身を任せるしかないんだな。』と、もう自分が生き残れるかもわからないことを実感し、それまで恐怖だけしかなかった心に、逆に落ち着いた感じの気持ちが湧いてきました。
恐怖心は変わらずありましたが
これ以上なす術がないという、一種の諦めのような変な感じの気持ちが出てきたんだと思います。
その時は家族と一緒にいないし、うまく連絡が取れない状況でもあったので
『家族がうまく避難してるかもわからないし、家はもう潰れてるかもしれない。気にはなるけどそれでも今は、ここで一緒にいる人とは離れないようにして朝まで頑張るしかない。』
とも感じました。
私がそんな心境に変わった一方で
隣にいた彼は、私とは逆になっていたように見えました。
その心境に変わった私の横で、鼻水がいっぱい出ると言いながら、少し彼が泣いたので。
その後はずっと、私より落ち着いている彼に戻りましたが
携帯の充電器を家に忘れていた彼は、取りに行こうかなと何度か言いました。
確かに避難していた場所からは近いけど、強い余震が続いている今はもう少しでも建物に戻るのは危険に感じたし
ずっとスムーズなLINEでの連絡さえもいつ取りづらい状況になるか心配だったこともあり
これ以上連絡を取らないといけない相手を増やすのは止めた方がいいし
暗い間は余計に危険だから今は待ってと彼を止めました。
その後は車の中で一夜を明かしたという本震直後でした。
熊本の街を変えた熊本地震。
1ヶ月の今日も、回数は減ったものの余震が止まない中にいます。
つい2日ほど前にも寝ている間に震度4が来るなど、強い余震もまだ来ていて
いつの間にか、地震があるのが当たり前と感じるようになりました。
先日テレビを見ていたら、過去400~500年前に熊本で大地震があり
その時には半年くらいは余震が続いたとか
その時も、東北で大地震があった数年後に熊本に来たとか
噂ではない過去の話が報道されていました。
その例通りになるとは限りませんが
冗談ではなく、半年ほども余震が続いていた過去があることを考えると
今の余震が止まない状態がそんなに長く続く可能性もあるということですね。
それを考えると、正直うんざりします。
ですが、半年続こうが続かまいが
今まだ余震が止んでいないのは現実だし、何とか耐えて行くしかないんだなと思っています。
仕事や家、家族など大切な何かを失った
私よりももっともっと大変な思いをしている方々も多い中で
少しずつでも何か
被災者となった方々みんなが、希望や楽しみを見出しながら進んで行くことができればいいなと思います。
♪温たま♪