朝、いつもなら5時30分に目が覚めて父ちゃんの体調を思いヤキモキするのに、この日は7時までぐっすり寝た。
ブログのコメントの返事をし、さあ今日はどうやって過ごそうかと思っていると8時3分母から電話。
「父ちゃんが死んだ!父ちゃんが血がー」

えっなに?なに?
「どうしたの?心臓とまってるの?」
プツッ電話が切れる。
もう一度電話すると母が泣きながら、
「わからない、血がー血がー」
「救急車呼んだの?」「まだ、」
「今から行くから」
119番に電話。
部屋着でそのまま飛び出した。

坂を走りながら三女に電話。
「父ちゃん死んだって、わからない、今から行く、次女と一緒に早く来てー!」

なんで?どうしたの?なにがあったの?なんで?どうして?を頭の中で繰り返しながら駐車場まで走る。
泣きながらどうしようと思っているんだけど、何故かもう父ちゃんは苦しくないんだという、苦しみは終わったのかと思う私もいた。
救急車とほぼ同時に到着。8時16分(後から近所のおじさんにきいた時間)
父ちゃん!父ちゃん!

目に飛び込んできたのは口から大量の血を吐いて横を向いて寝ている父ちゃん。
仰向けにして胸を触ると温かい。でも息はしてない。
「父ちゃん!父ちゃん!」
胸を揺するも気付かない、
どうして?

救急隊到着、処置開始。三女から電話。ずっと泣いている。

1人の隊員が来て真っ直ぐ目を見て話をしてくれた。
「心肺が止まってから時間が経っています。顎が硬くなってきてるから。
高度医療を行う一次救急病院か(挿管などフルコースの延命治療)二次救急の挿管まではしない病院どちらにしますか?
「ママ?どっちにする?」
「わからない、わからない」
やだどうしよう、決められない、父ちゃんどうしよう?
「助かる見込みは?」
隊員「わかりませんが、時間が経っているので低いかと、一次救急に運ぶと挿管はされます」
決められない、でももしもし、心肺がもどっても機械につながれて苦しみがまた増えちゃうのは嫌だ。
三女に電話。泣いてる。二次救急にするよ?いい?泣いていてはっきり返事が聞けない。
「二次でお願いします。かかりつけ?⚪️⚪️病院です」
かかりつけ病院受け入れ可能です。看取りになりますがいいですか?と隊員。
はい、と返事をした。
母は気付かなかった、気付かなかったと泣いている。
「ママのせいじゃないよ」
救急隊員が火の元を消してくれた。
動揺して鍵が取れない。また隊員にとってもらい、母は救急車、私は子どもを拾って追いかけた。

父ちゃん!父ちゃん!
リカバリー室に着くと心臓マッサージを受ける父ちゃん。酸素飽和度86%脈拍も心臓マッサージを止めるとすぐ下がる。

先生から説明。よく覚えていないけど、がんが原因で出血が起きた、これ以上の延命はできないみたいなことだった。

2014年11月9日9時6分時間を告げられた。

眠ってるみたいな父ちゃん。
あーどうして嫌だよ

エンゼルケアが始まった。
私も綺麗な真っ白の足袋を履かせる。
あっ浮腫みがない、昨日までムクムクだった甲の浮腫みが引いて筋が見えている。
父ちゃん浮腫みが引いたよ、良かったね!
良くなってるよ、沢山食べたから。

生きてたら言えるのに。励ませるのに。
せっかく浮腫みも引いたのに。

次女、三女到着。
次女「あたいはあまりこれなかったから、これから週一回は行くってポポと約束したのに」
父ちゃんに抱きついて泣いている。

あー早いよ。まだ8ヶ月だよ。まだまだ生きてほしかったよ。

しばらくして父ちゃんの大好きなお姉さんと、お兄さんが到着。
「⚪️⚪️ちゃーん、かわいそうに、かわいそうに、私が変わってあげたかった」
頬ずりしている。
おじさんは泣いて出て行ってしまった。

良かったね、大好きなお姉さんに会えて。

その後父ちゃんは葬儀屋さんの霊安室へ
私たちは家に。
うちの旦那が布団を片付けたんだけど、かなり分厚いマットレスの下まで血だらけだった。
血を拭ったタオルがあった。父ちゃんの部屋の枕元のテレビが点きっぱなし。

母に聞くと、昨夜母は自分の部屋でいつものように、テレビを見ながら寝てしまったようで、朝起きたらテレビが消えてリモコンが居間に置いてあった。父ちゃんが消していつものことだから怒ってリモコンをわざと離れた部屋に置いたのだろう。
トイレに起きた後、母のテレビを消し、自分の部屋でテレビを見ながら横になっていた時に吐血したのだろう。
タオルで拭ったなら意識が少しの間あった?苦しまなかった?
わからない、父ちゃんわからないよ。

ごめんね、父ちゃん。