令和8年10月11日(日)私は東京都美術館、開館100周年記念展「大英博物館 日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」鑑賞のため、午前9時20分JR上野駅に降りたった。
9月は雨模様の天気が多かったが、10月になって、ようやく秋晴れの日が続く。
天高く、雲ひとつない澄みきった空で、上野公園のイチョウも色づき始めた。
三連休とあって上野公園は家族連れなどで賑わっていた。本当はもっと早くきたかったが、開催期間が長くのんびりしていて、期限間近となってしまった。混むことは覚悟していたが、すごい人。
迷路のように曲折した、テープで仕切られた列に並ぶこと1時間あまり、やっと入場出来た。
なぜ、イギリスに日本以上の浮世絵が存在するのか。
大英博物館はロンドンに1753年創立され、先史時代から現在に至る収集品は800万点とされる。
そのうち、およそ4万点を日本コレクションが占める。なかでも、最も充実しているのは江戸時代中期以降の錦絵と呼ばれる浮世絵である。
英国人が日本の錦絵の魅力に気付いたのは、1862年のロンドン万国博がきっかけらしい。英国公使オールコックが収集した日本の美術工芸品は高く評価され、後のジャポニズムの契機となった。
しかし、日本人には、評価されず、廃棄、散逸された。また、輸出品の梱包材とされ、海を渡った。
日本文化にいち早く魅了された英国人により、買い取られ、大英博物館に収蔵された。
この展覧会では絵画や版画を中心に約200点が展示されている。
館内は非常に混雑していたが、それでも一点一点ゆっくり鑑賞出来た。
これが版画だと思えないほど精巧で色鮮やか、百花繚乱の名の通り魅了された。喜多川歌麿の最晩年の肉筆画「文読む遊女」の美しいさは圧巻であった。
「海を超えた襖絵」が150年ぶりの再会を果たし、撮影が許可🉑されていた。
これらが、本来あったのは、奈良県桜井の談山神社で、幕末までは、多武峠妙楽寺という神仏習合の有力寺院にあった。襖絵は統括者である学頭の屋敷、竹林坊の建具として、狩野重信筆により、制作されたものである。
明治維新後、神仏分離令により、破却され襖絵は外に出されて世界各地に分散された。
このうち、「春景花鳥図襖」および「名所風俗図襖」は1922年青森県津軽の宮越家が購入して、離れの詩夢庵に、設らえられた。
春景花鳥図襖
名所風俗図襖、(三保の松原や清見寺)
「秋冬花鳥図襖」と「琴棋書画仙人図襖」は元は両面仕立てのであったが、1930年代に分離され、片面仕立ての襖4枚ずつからなる2組となった。
このうち、「秋冬花鳥図襖」は大英博物館に。
「琴棋書画仙人図襖」は1951年アメリカのシアトル美術館に収められた。
この度、離れ離れになった襖絵が日本に里帰り、
150年ぶりに再会を果たした。
およそ260年にわたる平和の時代がもたらした庶民文化を鑑賞、この先の平和を祈って午後2時30分
美術館をあとにした。 (了)











