ユーミーマン奮闘記

ユーミーマン奮闘記

~和歌山営業所の日常~

こんにちわ♪

ユーミーマンです(#^.^#)

 

今回は和歌山市中之島にある地蔵の辻です。

 

 

 

江戸時代和歌山から大阪や奈良へ行くには紀の川沿いの大和街道現国道24号線を通りました。今の中之島地蔵の辻は城下から大和街道へ至る道と有本から船で直川観音へ行く道が交差する交通の要所であり当時多くの人々が行き交いにぎわっていました。

 

これが200年前の中之島地蔵の辻です。左右の道は大和街道で当時は美しい松並木が見事だったそうです。地蔵から上に向かっている道は八幡堤防で紀の川を渡り直川観音へ行く道。今も紀の川堤防上の道として残っています。

地蔵の辻には茶店が出て女将が釜で湯を沸かしています。右側には旅人が茶を飲みくつろいでいていて街道で旅人が行き交う様が描かれています。

 

現在の地蔵の辻です。

上部の赤丸の所がお地蔵さんがあった場所。

最近道の拡張とともにお地蔵さんは下の赤丸の場所に移されました。

 

 

昭和28年頃の地蔵の辻の写真です。茶店と書かれた手水鉢。

この手水鉢は江戸時代の安政2年に建立されたものです。

紀伊国名所図会が描かれた江戸時代中期にはこのように祠はなくお地蔵さんがそのまま道端に建てられていたようです。

 

 

新しい移転場所のお地蔵さん。このお地蔵さんは享保2年(1717)年紀州藩主の母により建立されたと伝えられています。

 

尊像は台座を含めると2mもある大きなものです。

 

安政の手水鉢は昭和の空襲の折に破壊されず今もそのまま残っています。

西側 字も欠けずにはっきりと読み取れます。

 

 

南側 安政2年8月の文字。

 

手水鉢を建立した施主の名前。

北側の文字 すべてが良好な状態で残っています。

車の往来が激しい国道沿いで、排気ガスにさらされながらよく持ちこたえたものです。

地蔵の辻も、もう当時の面影はなく。美しい松並木も消え。周辺の中之島の風景もすっかり変わってしまいました。

街道にあったお地蔵さんとこの手水鉢だけが江戸時代の面影を伝えています。

 

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