「足尾から来た女」の前篇を見ました。勉強不足で、主人公新田サチが家政婦で奉仕する先の女主人、福田英子のことは知りませんでした。


福田英子(1865~1927)平塚らいてう よりも早くから婦人解放運動の先駆けとなった女性で、東洋のジャンヌダルクと呼ばれていました。年下の愛人石川三四郎の影響で「世界婦人」という新聞(今で言うタブロイド版)を創設し、そこの主筆として執筆活動を行いました。このころ、足尾銅山鉱毒事件に対して熱烈な支援を展開していました。


ドラマの中では、サチがその新聞を手にして、たどたどしく歌(詩)を読む場面が描かれていました。


見ていて、小説「辛酸」の中に書かれていたことと重なってきました。感想は後編を見てから纏めたいと思います。


偶然なのでしょうが、足尾銅山鉱毒事件を検索している途中に、北海道と関連のある事項がいくつも見られました。銅山の労働者のストライキと関連して、類似事件との扱いで「秩父事件」の中心人物 井上伝蔵のこと、北海道で服役した井上伝蔵伝を書いた郷土史家小池嘉孝氏のこと、小池氏のライフワークとも言うべき「常紋トンネル」の囚人労働の件、などなど。このトンネルがある地域は私の生まれたところでもあります。


そして故郷の歴史として,喉元の小骨のように引っかかっているイトムカ鉱山、そこから産出された水銀によって生み出された水俣の有機水銀、自分の中に一本のラインが引かれていくのです。なにか大変なところに差しかかっているように感じます。


いつの時代にも、国家の権力によって、国家の目標が「国」を強くすることに向いている時、多くの人や物が切り捨てられていきます。


サチは、この時点では文字も満足に読めない貧しい農家の娘です。それとは対照的に、かくも豊かな社会が形成され教育も行き届いているこの日本で、現実に家がない、仕事がない、夢がない人が大勢いることを思い知らされます。


そういう人たちはドラマを見ている余裕もないでしょう。少しの時間があって、社会の矛盾に問題を投げかけたドラマを見た者の、これからの生き方に対する感性が問われると感じます。