こんばんは、リンイリドです(^ ^)
こんな人生、送るはずじゃなかった。
こんなセリフ、ふと言いたくなる時ありませんか?
私は、あります。
スピリチュアル的には「これも自分で選んだ人生」らしいですが、もし本当に自分で選んでいたとしたならばほんとドMです。
こんなに辛い思いして、一体何が目的なんでしょう。
辛いとき、修行してるなぁ、と私は思います。
一般的には、お坊さんなどが修行するのは煩悩をもった自分を罰する時です。
ようは、罪悪感から辛い思いを志願して体験するわけです。
ということは、罪悪感があると辛い思いをし続けなければならないのでしょうか?
ここで、いいお知らせがあります。
修行のタイプは人それぞれなれど、辛い思いをすることであなたがお世話になった誰かの気持ちを知ることができます。
そして、感謝の念が起こるのです。
「あの時は私も未熟であなたがこんな思いをしていたなんて気付きませんでした。遅ればせながら、ようやっと私もあなたの気持ちに気付き申し訳なさを感じております。本当に、ありがとうございました」
人間て複雑で、心優しい人ほど罪悪感を抱き、1度の感謝じゃ足りないくらい罪悪感と感謝のポテンシャルを抱えています。
だから、スピリチュアルにはまってそのままの自分でいいって言ってる場合じゃないんです。
短い人生、修行が必要な時は修行しましょう。
罪悪感がなくなってないのに修行をやめようとすると、周りの人から修行するようせっつかれます。
少なくともこの記事を読んでいるあなたは、あなたの超意識が私のブログを借りてもっと修行しようと言っています(^ ^)
修行も、言葉尻だけ捉えると「うっ」ってなりますが、成長する自分を知ると楽しいですよ。
修行することは変化することにつながりますから。
修行を楽しいと捉えるか苦行と捉えるかの違いだけで、人生でやることに変わりません。
より大きな愛となるよう、人生が変わることを求めているのでしょう。
有難いですね(^^;;