5月7日という日 | ylevol

5月7日という日

往々にして世の中は誰かしらの犠牲によって成り立っていて、

例えば、

たくさんの人間で一つのことをするには誰かがそれを取り纏めなければならないし、

そうなるとその取り纏めなければならない誰か、は必ず犠牲を払わなければ世の中はうまく回らないのだと。

ただいつも自分が犠牲になっているのではなく、

私が自由に生きる影で誰か他の人が犠牲を払っていてくれるということにきづければ

私の犠牲に感謝してくれる人がいることに気付ければ

世の中そうすてたもんじゃないのかもしれない。







色々考えすぎるとわけがわからなくなるけど実際はそんなに考える必要は無くてそう、答えはもっと単純なんじゃないかなぁ。





もっと早く気付けばよかった。



もっと早く伝えてあげられればよかったね。





悲しいけど、寂しいけど、

辛くはないし、



失ったものもあるけれど

得たものはくらべものにならないくらい大きいから



我が儘なのはわかっているけど









私たちのために仮死状態になったのなら



は や く



私たちのために生き返ってください。