あたしのナチュラル・シティ の記事にTakeshi さんからこんなコメントをいただきました。
将来、人間は人工的に“魂”を作れてしまう時代も来ると思う。
でも、その時に人間が理解してなくちゃいけないのが
「“魂”は他者には管理できない」ということだと思う。
人工的にしても全ての物質はこの世にあるものから作られるわけだから
広い意味で“自然物”と変わらないと思うから…。
ロボットとかアンドロイドだってそうなんじゃないかなぁ…?
あたしもtakeshiさんの意見に一票。
ロボットやアンドロイドと言った人型をした物に限らず
食器や服や車や本、人間が関わった物には人間が触れた時点で
命が吹き込まれるのだと思います。
それを作った人、それを買った人、
それを贈った人、それを受け取った人。
それらの関わった人たちの思いや愛情が
ものに吹き込まれるのだと思います。
雨の日、随分前に買った傘をかぶりながら思いました。
新しい傘が欲しいなぁ。
そのとき寄った本屋さんでその傘は盗まれてしまいました。
おつかいに行く途中古ぼけたお財布を見て思いました。
新しいお財布が欲しいなぁ。
その途端転んじゃって、お財布のがま口の部分が壊れてしまいました。
きっとその時傘やお財布にあたしの気持ちが伝わったのだと思う。
それで「あたしたちはいらない子なのね」って思ったのかもしれない。
それ以来あたしはものにも命はあるんだって信じているのです。
簡単にものが手に入る時代だけど
古い子も新しい子も大事にしなくちゃいけないよね。