今からもう37年前の冬。
12月8日。ジョン・レノンがNYのダコタハウス銃撃によりで暗殺された。

そのとき、15歳だったある高校一年生は部活を終え、学校から家に帰り、テレビニュースを見て驚き、泣いた。本当に泣いた。
ビートルズが大好きだった。
約5年ぶりにジョン・レノンが音楽活動を再開して、(Just Like) Starting Overが街で流れ、ヒットしだしたまさにその頃だった。

そのとき、13歳だったある中学二年生は、翌日、学校にラジカセとカセットテ―プを持って行った。
先生に、「ジョン・レノンが亡くなって悲しい。みんなでジョンの音楽を聴いてもいいですか?」と尋ねて、先生も許可してくれた。
教室でジョン・レノンを聴いて、みんなで泣いた。

後者の話、37年が経って初めて知ることができた。

半年以上ぶりのブログです。(写真もありませんが)

一昨日ですが、ビルボードライブ東京に、ジョディ・ワトリー featuring シャラマーのライブを聴きに行って来ました。

今回の来日は、東京はたったの一日だけなんですね。このライブがあるのを知った時に、すでにチケットはSoldoutでした。ジョディ・ワトリーとシャラマーはそれほど入れ込んでいたわけではありませんが、好きな曲が多いので聴けるなら聴きたいと思ったけれど、あきらめていました。

たまたま、1週間前くらいにサイトを覗いてみたところ、一席だけ空きになっていたので、ラッキーと即確保しました。

(ビルボードライブ東京のサイトはこちらです)
http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=9252&shop=1

結果として、このライブ、今年一番、かつ今まで自分の聴いたライブの中でベスト3に入るであろうほど素晴らしいものでした。

ジョディは昔のイメージそのまま。声の質も力強さも当時と同じ。そして、元ダンサーだけあって、踊りも抜群。バブル時代を象徴する”ディスコ”の扇子もあり。観客も一体となって踊りまくりです。
Everythingでは、ジョディの瞳に、なぜか涙も。。。

こんなにも良い曲が多かったんだなと再認識するとともに、ジョディの素晴らしさに感激。
帰り際には、別のお客さんの、「今日はほんとに当たりだったよな!」という会話を耳にし、同感!

この年末年始、ジョディとシャラマーのヘビーローテーションが続きそうです。
時間が経ってしまいましたが、2014/3/15(土)に、志賀高原から草津へのバックカントリーツアーに参加してきました。テレマークスキーを履いて参加しました。

この冬は天候が荒れることが多かったのですが、この週末は久々の快晴。朝方まで雪が降っていたので、周りも銀世界です。
09:00に志賀高原の蓮池に集合して、バスで熊の湯に移動し、そこからリフトを使って横手山へ上がります。



横手山の山頂ヒュッテで、ランチ用にパンをいただきます。
横手山山頂は、標高2,307m。
この近くにスタバがあったのですが、日本の最高標高地点のスタバだそうです。行けませんでしたが。



渋峠。群馬県と長野県の県境でもあります。
ここから、群馬県側(草津側)に下っていきます。



ツアー参加者は18名。そしてツアーを案内してくださる志賀高原環境協会の方々が6~7名でした。
コースは幅が狭いので、両脇の林の中を、一人ずつ間隔を空けて滑って行きます。



右奥は万座方面で、白根山が見えます。



雪の状態は、写真だとよく見えますが、表面はガリガリで非常に滑りづらかったです。
でも、景色が最高でした。



途中の芳ヶ平ヒュッテには、かわいい犬2匹が!



12:00頃にランチです。
協会の方から、志賀高原産のワインをいただきました。サプライズ!



昼食後ここから、45分くらい下って行きます。
途中で、「蟻の塔渡」という幅1m程度の尾根の上を歩いて(滑って)いくところがありました。
ここは高所恐怖症でなくても、震え上がりました。

少しすると、だんだんと平らで広い斜面が出てきます。
そして、13:30頃、あっという間に、草津に着きました。
700mくらいは下ったのでしょうか。

怖いところは、さきほどの1箇所だけで、あとは登りもなく、無事に滑れるコースでした。

到着後は、温泉でリフレッシュ。なんといっても、草津温泉ですから。



帰りはバスで、草津温泉から志賀高原まで2時間弱でしょうか。
車中でも、志賀高原ビールをいただきました。

今年、テレマークスキーを始めて、その板を履いて滑るのは2日目だったのですが、テレマークターンをほとんど何もできなかったのが、残念。というより無理でした。(翌日、志賀高原スキー場で練習します)