ゆかりの無料相談所のブログ

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1959年 カナダのノ-ス・ヴァンク-バにあるキャピラノ峡谷において、緊張と興奮についての実験が行われました。



実験内容は男性被験者を数名に分け、Aグル-プは高さ70メ-トルの峡谷のつり橋を渡ります、Bグル-プは安全なコンクリ-トの橋を渡ります。



そして、渡り終わった先には各々、女性が立っており、渡り終えた男性に対して、電話をしてきて欲しいと電話番号の書いたメモを渡し、どちらのグル-プからの電話の件数、パ-セントが多いか調査するものす。




結果としてつり橋を渡ったAグル-プの男性の40%は電話をしてきました。それに対してコンクリ-トの橋を渡り終えたBグル-プの男性からは8%に過ぎませんでした。この差は何を意味しているのでしょうか。


考えられることは、つり橋を渡り終えた男性のほとんどは緊張から心臓がドキドキしており、そこに立っていた女性を見て、緊張のドキドキ感を、恋愛のときめきのドキドキ感と勘違いをして電話をかけてきたのではないかという推測です。



それに対して安全なコンクリ-トの橋を渡り終えた男性たちはまったく緊張もしておらず、女性からメモを受け取っても冷静であり電話をしてこなかったのではと考えられるのです。




では、この推測が正しいのなら、私たちがデ-トに行くにはお化け屋敷、ホラ-映画が最適だとなります。なぜならお化け屋敷を出てきた直後や、ホラ-映画を見終わったあとのドキドキ感と、ふたりの恋のドキドキ感との勘違いが起り、お互いの恋愛感情が高まると考えられるからです。

ぜひ、お試しください。

意識的、無意識的にせよ私たちは恋愛対象、結婚対象としてパ-トナ-を選択するのですが、そのパートナ-を選んだのは何を隠そう私たち自身なのです。

私たち自身が何らかの目的があってそのパ-トナ-を選んだのです。


これは絶対的事実です。例え彼・彼女から熱烈なアプロ-チを受けて付き合い出したとしても、OKしたのはあなたです。

私たちがパ-トナ-を選ぶのです。そして、選んだこと、選択したことには責任が伴います。

もう少し詳しくお伝えします。

パ-トナ-選びにおいて、あなた自身に問題がないかということです。

言葉を変えると、あなたの抱えている問題がそのパ-トナ-を選んでいる可能性もあるのです。

例えば、ペルソナ理論にもとづきパ-トナ-を選んでいる場合を見てみましょう。

A君は25歳。今まで彼女とお付き合いしたことはありません。


友達は皆学生の頃より彼女がいたりと楽しい青春の日々を過ごしています。
A君はそれに劣等感を感じており、初めて付き合う彼女は絶対に、とびきりスタイルのいい女性を希望しています。


なぜ、彼がそこまで強く希望するか。その背景には、今まで彼女がいなかった、でも、今はこんなすごい女性と付き合っているんだと、周りに見てもらい自慢したいのです。


スタイル美女と付き合うことにより今まで彼女がいなかった劣等感を克服したいのです。

そして、A君は見事コンパでモデル級の女性をゲットしたのでした。
ここからが彼の地獄の始まりでした。

彼女は美人であることを自負しており、それをいいことにA君に無理難題言いたい放題。アレカエ・コウシロ・ココガカユイなどなど。

彼女はスタイル美女の超ワガママ女だったのです。

さて、ここで問題。

悪いのはどっち。

言葉を変えると問題ある人はどっち。

もちろん彼女には性格の問題があることはあきらかです。

でも、その彼女を選んだのはA君です。
私はA君の選択基準に問題があると思います。


性格ではなく、周りに自慢したいという思いからスタイルの良い女性を選んだのですから。

このように彼・彼女・夫・妻を選んだのは自分です。


自分の選択規準に問題がないか良く振り返ってみるのも、パ-トナ-選びで失敗しないため、パートナ-との問題解消のひとつの方法でしょう。


そして何よりも自分自身の問題を克服するスタ-トとなるかもしれません。

先のA君のその後ですが、彼女に「性格を変えるように、疲れた」とはっきり言ったそうです。

彼女の返事は「サヨウナラ」

私たちは他人を変えることは非常に難しいのです。

私たちが変えられるのは自分自身だけだと思ってください。

前回は類似性と相補性についてお話ししましたね。
今回はそれ以外、私たちがパ-トナ-(彼・彼女)を選ぶ時に何を基準としているかを見ていきたいと思います。

社会的に望ましいから

その人が社会的性格として望ましいものを持っているから魅かれます。
では、性格が望ましいとは何でしょうか。



あくまでも、魅かれる側から見て望ましいものなのですが。
一般的に言えば性格として望ましい要因として考えられることは、社交性がある、いつも笑顔、優しい、楽しい、知的、このようなことでしょうか。




多くの人から見てプラスの性格特徴を持っている人は、望まし人として皆から好かれますよね。

前回の類似性を考慮してこの説を考えますと、自分に社会的に望ましい要因がたくさんあれば、社会的に望ましい人とは十分に恋愛関係になれることは容易に想像できます。
すなわち、社会的に望ましい人、言い換えると豊かな人同士は結びつきやすいのです。



これに対して相補性を考えてみましょう。



社会的に豊かでない人が社会的に豊かな人に魅かれる。
当然考えられますよね。

しかし、社会的に豊かな人が社会的に豊かでない人に魅かれるでしょうか。
ここで言う社会的とは性格のことですよ。



例えば愛に飢えて笑顔のない人が、愛情一杯の人と恋愛関係をつくれるでしょうか。

難しいとは思いますが、「答えは作れます」と、私は言います。



しかし、愛情一杯の人と愛に飢えている人が付き合うとすれば依存症の確率が高いです。


愛情一杯の人は愛に飢えている人に愛を分け与えることによって自己価値を満たすかもしれません。


そして、愛に飢えている人は一杯愛を持っている人にしがみつき自分を満たすのです。

ペルソナ理論

ペルソナとは仮面のことです。
常に自分は他人からどう見られているかということを意識しています。


この彼・彼女と歩いていたら周りは自分のことをどう見るだろうか。
こんなことをデ-トの最中でも考えています。



そして、見られる自分を意識してパ-トナ-を選択します。
顔、スタスル、学歴、勤め先など好ましいもの、秀でたものを持っている彼・彼女をパ-トナ-として選択して、周囲に見てもらい自己価値を高めようとする心理が働いています。




すなわち、
「いい物を持ちた-い」
ということです。




さて、ここで問題があります。



社会的に望ましい人を選択する場合と同様、ペルソナ理論に基づきパートナ-を選択する場合も、自分が同等の魅了出来る素材、素質を持っていないと、相手も自分に興味を持たないということです。




例えば彼が一流企業のエリ-トとしたら選ばれる女性はそれに見合う何かを持った人ということです。
それは性格かもしれません。もっと言えば美貌、スタイルかもしれません。




ペルソナ理論は人間性よりも見かけにこだわるものです。




見かけは他者の視覚に訴えることが出来簡単に自慢しやすいからです。

ブランド品を買うような感覚でしょうか。

疑問 なぜプロ野球選手と女子アナはよくくっつくのか。



また、これに関連して釣り合い仮説(マッチング仮説)という説もあります。

カップルのお互いが自己を過剰に評価せず、自分を認識しており自分にふさわしい、釣り合いの取れた人を選ぶ傾向があるという説です。



これはお見合いなんかによくあると思います。

ペルソナ理論が自分の自己価値を上げるためにいい男、いい女と付き合おうと思うのに対して、釣り合い仮説は認識した自己像に基づき、それに釣り合い取れたパ-トナ-を選ぼうとするところが違います。




母からの一言。
「あんたの器量じゃ、これぐらいがちょうどいいんちゃうの」とか。



ひとり言。
「自分の年収じゃ、まぁこれぐらいの女性しかこないかな」とか。

参考

光景効果について

ひとつのことについて良い印象、悪い印象を受けますと、そのことと本来は関係のない特徴
まで良く評価してしまったり、悪く評価してしまったりすることです
⇒本質を見落としてはいけませんよ。

プロトタイプ理論


思い込みです。簡単に言うと肩幅の広い男性は抱擁力がある、えくぼの出来る女性は超優しいとか。
根拠のない思い込みです。どこで学んだかは分かりませんが思い込んでいるのですよね。
太った男性は暖かい。それはそうでしょう。

経済力 職業 才能 家柄⇒経済の安定


先にご紹介したペルソナ理論にもとづけば、
「こんないい男・女と付き合っているんだ。どうだ!」
とパートナ-の持っている付加価値を重要視して、外から見られる自分を意識して付き合いますが、この場合は経済的な安定、将来性をもとにパートナ-を選択します。



どちらかと言うと女性が彼を選ぶ際の選択基準のようですね。

お見合いのように結婚を意識している場合、よく見られるパ-トナ-選びの基準ではないでしょうか。



これも相手の人格と言うよりその背後にあるもの付加価値ですね。

親に似ている人を無意識に選ぶ

心理学者 フロイトの説です。そうかもしれません。


ソウルメイト 魂の伴侶とのめぐり合い

「輪廻転生」ご存知ですか。私たちは肉体が滅んでも魂は滅ばず、時代を超えて再びふたつの魂はめぐり合うのです。



今お付き合いしている彼・彼女とは前世でも一緒だったのかもしれないのです。
そして、ふたつの魂はいつの時代も一緒。



いつも一緒にいる目的は共に成長することなのです。

ロマンを感じますね。