湯河原のぼけ猿のブログ

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jazzの思い出  

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    私の洋楽のスタートは、1958年の頃。 盛岡の「アンゴラ」
   というシャソン喫茶があり、ここが起点です。
   イブモンタン。エディットピアフを良く聴いたものでした。

   そして映画は「愛情物語」の[Manhattan]
       ミュージカルは「回転木馬」の{If I Loved You」 
    が特に好きで、愛情物語は20数回以上はみてます。

      1986年「BillieHoliday」を知るまで、映画の主題歌。
     ミュージカルは、見たり聴いたりしました。
              
JAZZはスタンダードが好きです。
     1986年はビリーを知り,調べ.1988年には中国に
     行き、休日は、CDを買い、収集。1999年に日本に
     戻り。ビリーを知り25年間(2011年)になりました。

     今は「YouTube」を利用して、ビリーの曲を聴き
     コメントをすると、世界の誰かが返信があります。

 先日はカサブランカの「AsTimeGoesBy」を映画のなかで
 ビリーとサッチモが歌う画面を想像したら楽しくなったと  
 コメントいれたら、同感ですと、アメリカの戦闘機の
 パイロットからの返信がありました。


     皆さんにもお勧めします。 楽しいですよ!  
 
         1-16回。  これで一応終わりにします。

    ビリー最後のCD

 


      1983年前後は、今回の3月11日の地震被害「宮古」に
             住んでおりました
当時「尚雅堂」という店があり、JAZZ喫茶ではない
骨董を展示しながらの、スナックスタイルの店でした。
   尚雅堂

内部は神社数奇屋風で、時々流れるJAZZを聴き。
チョットした店なので、一応宮古では名は知れており
雑誌「るるぶ」にも紹介されていますし、私が立会人です。

その頃。JAZZシンガーの「チコ本田」さんが、宮古に
来れば尚雅堂に寄ってくれて、コヒー一杯のお客さんでした。

チコ本田さんはテナーの渡辺貞夫氏は父親。息子はドラマーの
本田珠也さん現在も活躍中。そして夫の竹広氏は天才ピアニスト
言われた人である。 残念ながら平成17年7月死去された。
彼は宮古出身である。

JAZZはまだ、かじる程度でしたが一歩前進したと思います。当時しては。
  
   

    在りし日の竹広氏





1986年の頃。 東京戸越銀座近くに住をかまえていた当時。
 
池上線荏原中延駅付近東中延1丁目に「まつ」。

大井町線下神明駅付近二葉1丁目に「ラグタイム」。

*「まつ」のマスターは、昭和30年代の頃「ピットイン」にて
 経験を活かし、現在の店をもった。(25年にもなる。)
 当時は昼に行きコヒーを飲みながら、ビリーのレコード
 (COMMODORE)の有名な「Strange Fruit」を聴き
 「ピットイン」でのゲストプレイヤーの話が自慢げにでて
 2杯目のコヒーとあいなる事がしばしば。


 「COMMODORE」

 *「ラグタイム」は夫婦でやっていて、マスターは店にある
 ビリーのレコード以外は、図書館から借りてダビング。
 私もテープをもらいました。夜はビールを飲みながら
 ビリーの研究家今は亡き「大和明」氏の話しを聞きながら
 レコード(LADYDAY)の「Don'tExplain」で夜が更けました。
 (現在は大井駅付近に移転しました。)JAZZ は無。

 


 1988年香港に行くまでの間。昼は「まつ」 夜は「ラグタイム」
 
   これが「Billie Holiday」の始まりです。