ほらふきジャンキー

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関節が痛いと思ったら発熱してた

母が叔父に
『ゆかがしんどいときの精神状態は普通じゃないから』って説明してて
親ってすごいなと思ったことと
周りの友人が何人か病んでるので
ふと思い出した



人間、
落ちる時はとことん落ちるものでして。




しにたいとか
きえたいとか
わたしもよく言ってしまうんですが。




最近はそういった気持ちよりも
イライラすることが多くて
そのイライラについていけず
しんどくなることがしばしば。


しにたいのドピークがきたときは
本当に自分でもわからないくらい
毎日が真っ白で機械的に過ごしてて
意味あるのかな、なんて思ってたかな




もう消えてしまったブログの最後にたった四文字の言葉があって。


2013/3/12の夜中、スクショして保存してある私の中で大きな言葉。




実際、生きててよかったな、ってこの後何度も何度も思えた。


特別なの。



今でもどこか支えになってる。






死ぬなよ、の四文字。



やっぱりわたしのなかでは
今日という日がそれなりにしんどい。



知ることになるのは7日後で
知ったときはなんと言うか
ショックももちろんあったけれど
7日前の自分は
それはもう何も知らずに笑ってた
悔いたところで
何も変わらないから
アレなんですけど。



なんだろうなぁ。




どこかで
まだ生きてるんじゃないかと
思うんだけど


二度と会えないのは事実で





今も応援してるところも
解散してしまったら
そこで、おわり

はい、さようなら


最後の日、その時がきたら


もう二度と会えないって思うと
意味は全然ちがうのだけど
さみしいなー、って。


残された音や映像や画像に
思いを馳せるだけなんだなって。


仲間と語るだけの日々で。






私にとって何かを失った未来は
他人からしたらそれはそれは明るいんだろう



永遠なんて存在しないのに
そんな言葉はなぜ生まれたんだろう





こんな時しか語れない というか 普段から語ってても前にすすめないだけだからあんまり言わないけど




いっさまはどこにいるんだろう



どんなに私が太陽だと言っても
かたくなに月と言っていた


みんなに優しかった


今も見守ってるのかな


よぴは相変わらずスタミナなくて
大きい会場になると
息が苦しそうで
何が納得いかないのかたまにずーっと真顔の時もあるけど
力強く歌っています。





いっさま。
どこにいますか。





もう少し見守っててほしいなぁ。




ゴシップを。