一過性多呼吸は、帝王切開の赤ちゃんに多く見られるらしいよ、といとこが教えてくれました。
かく言う、いとこの息子も帝王切開で産まれ、一過性多呼吸だったからです。
今では、とてつもなく元気の塊に育ったいとこの子供。
だから、同じ境遇である私を、いとこは入院中は何度も何度も励ましてくれました。
私の退院予定日に母が来ることになっていたので、いとこの励ましがそのときの私の支えになっていました。
大学病院での説明では、入院するにあたり、念のため、呼吸器系のほかにも、娘に異常がないか検査するとのこと。
退院してもなにごともなく暮らすために、不安要素は払拭した方がいい。
私も主人も同じ気持ちでした。
ほかの病院は、一過性多呼吸だと1週間ほどで退院だそうですが、呼吸器系に特化してるそこの病院は2週間の入院とのことです。
産んだその日は私も転院先まで行き、そこで保育器に入る娘を、時間が許される限り、主人と二人で見守りました。
小さな体にチューブが付けられている姿は見るに堪えないものがありました。
私は自分を責めることしか出来なくて、なにもしてあげられない自分がとても歯痒かったです。
こんな小さな体にチューブや点滴なんか…
私がちゃんと産んでさえいれば、離れることもなければ、娘が痛い思いをすることもなかった。
申し訳ない思いとやりきれない気持ちでいっぱいでした。
その日の夜、一人になった途端、どうしても涙が止まりませんでした。
主人だってとてもとても落ち込んでいて、何度も涙を堪えていました。
そんな主人を見て、私ばかりがメソメソと泣くわけにはいかない。
なにより、娘が一番辛いから。
そう思えば、親である私たちがいつまでも泣いてばかりはいられない。
そう思っていたので、一人になった瞬間、気が緩み、ひたすら泣きました。
娘になんかあったらと思うと、本当に死ぬほど苦しく辛い時間でした。
私は体が大丈夫なら毎日娘のところへ行きたかったです。
というか、行くつもりでした。
でもさすがに、2日連続での外出は出来ませんでした。
産後の体のケアを優先すること。
そばにはいられなくても、母乳を娘にあげることだって立派な母親の仕事であること。
退院したら、子育てで休む暇も寝る暇もないだろうから、今はゆっくり休める機会だと思って、安静にすること。
これを散々、母やいとこ、助産師さんに言われ、泣く泣く連日の病院通いは諦めました(それでも二日に一度は行くという…)
私が行けないときは、主人が母乳を届けてくれました。
そして、動画も一緒に撮ってくれて、それを見るのがなによりも楽しみでした。
私が入院していたところは、みんな母子同室なので、周りのお母さんたちが赤ちゃんと一緒にいるのを見て、とても羨ましかったです。
本当は私もこうしてたのかなあ…
と思うと、余計寂しくなったり。
夜中に隣から赤ちゃんの泣き声が聞こえると、娘も今頃泣いてるのかなあと思いをはせたり。
おっぱいが痛くなるくらい張っては、冷やし、これを直接あげられるのはいつかなと考えたり…
皮肉にも、飲む本人がいなくとも、母乳の出は良好。
「すごく出ますね!かなり良い感じですよ!!」と言われ、そのとき少しだけ、母親の役目を果たせてる気分になりました。
私は1週間での退院でしたが、一人ぼっちの1週間は果てしなく長いものでした。