韓国人の嫁になり。 -6ページ目

韓国人の嫁になり。

国際結婚、子育て、妊娠、出産、愚痴。
いろんなことを書いていきます(´`)



一過性多呼吸は、帝王切開の赤ちゃんに多く見られるらしいよ、といとこが教えてくれました。


かく言う、いとこの息子も帝王切開で産まれ、一過性多呼吸だったからです。


今では、とてつもなく元気の塊に育ったいとこの子供。


だから、同じ境遇である私を、いとこは入院中は何度も何度も励ましてくれました。


私の退院予定日に母が来ることになっていたので、いとこの励ましがそのときの私の支えになっていました。


大学病院での説明では、入院するにあたり、念のため、呼吸器系のほかにも、娘に異常がないか検査するとのこと。


退院してもなにごともなく暮らすために、不安要素は払拭した方がいい。
私も主人も同じ気持ちでした。


ほかの病院は、一過性多呼吸だと1週間ほどで退院だそうですが、呼吸器系に特化してるそこの病院は2週間の入院とのことです。


産んだその日は私も転院先まで行き、そこで保育器に入る娘を、時間が許される限り、主人と二人で見守りました。


小さな体にチューブが付けられている姿は見るに堪えないものがありました。
私は自分を責めることしか出来なくて、なにもしてあげられない自分がとても歯痒かったです。


こんな小さな体にチューブや点滴なんか…
私がちゃんと産んでさえいれば、離れることもなければ、娘が痛い思いをすることもなかった。


申し訳ない思いとやりきれない気持ちでいっぱいでした。


その日の夜、一人になった途端、どうしても涙が止まりませんでした。


主人だってとてもとても落ち込んでいて、何度も涙を堪えていました。
そんな主人を見て、私ばかりがメソメソと泣くわけにはいかない。


なにより、娘が一番辛いから。


そう思えば、親である私たちがいつまでも泣いてばかりはいられない。


そう思っていたので、一人になった瞬間、気が緩み、ひたすら泣きました。


娘になんかあったらと思うと、本当に死ぬほど苦しく辛い時間でした。


私は体が大丈夫なら毎日娘のところへ行きたかったです。
というか、行くつもりでした。


でもさすがに、2日連続での外出は出来ませんでした。


産後の体のケアを優先すること。

そばにはいられなくても、母乳を娘にあげることだって立派な母親の仕事であること。

退院したら、子育てで休む暇も寝る暇もないだろうから、今はゆっくり休める機会だと思って、安静にすること。


これを散々、母やいとこ、助産師さんに言われ、泣く泣く連日の病院通いは諦めました(それでも二日に一度は行くという…)


私が行けないときは、主人が母乳を届けてくれました。


そして、動画も一緒に撮ってくれて、それを見るのがなによりも楽しみでした。


私が入院していたところは、みんな母子同室なので、周りのお母さんたちが赤ちゃんと一緒にいるのを見て、とても羨ましかったです。


本当は私もこうしてたのかなあ…


と思うと、余計寂しくなったり。


夜中に隣から赤ちゃんの泣き声が聞こえると、娘も今頃泣いてるのかなあと思いをはせたり。


おっぱいが痛くなるくらい張っては、冷やし、これを直接あげられるのはいつかなと考えたり…


皮肉にも、飲む本人がいなくとも、母乳の出は良好。


「すごく出ますね!かなり良い感じですよ!!」と言われ、そのとき少しだけ、母親の役目を果たせてる気分になりました。


私は1週間での退院でしたが、一人ぼっちの1週間は果てしなく長いものでした。