「のぞみ」の先には何がある? | ゆうたのつぶや記

「のぞみ」の先には何がある?

出張で新幹線の東京~新大阪間をしょっちゅう行き来する。


大抵疲れて寝ていて何の感想もないが、昭和39年、東海道新幹線が開通したころは大変なものだった。




当時僕は6歳。


なんでそんなガキが覚えているかというと、たまたま父親の仕事の関係かなにかで、開通前の関係者限定の試乗をすることができたのだ。




妹弟と一緒に両親に連れられ、今から思うとたぶん東京~熱海間くらいを往復したのだと思うが、周囲の大人たちがみんな興奮状態だったので、つられて僕もドキドキして乗り込んだのを覚えている。




車両は当然、昨年引退した鼻の丸い初代のひかり号だったが、当時でいえばいかにも未来系の乗り物のにおいを持っていて、スーパージェッターの流星号や宇宙少年ソランのエンゼル号(若い人にはわからないでしょうが…)の仲間のような気がした。




まず、ドアの閉まり方からして、それまでの電車の、ガラガラピシャン、という感じではなく、プシューッと、いかにも「密封」といった雰囲気で、まるで宇宙船に乗ったかのような興奮を覚えた。


そして走り始めて徐々に速度が上がり、「ただいま時速200キロを越えました」といったようなアナウンスが断続的に流れ、そのたびに社内がオーッ!とどよめいて、今から思うと初めて汽車に乗った明治の人もこんな感じだったんだろうなと、苦笑せざるをえない。




子供の僕はドアに張りついてひたすら外を見ていたが、中から景色の流れ方をみるとちっとも早く感じられず、「ただいま時速210キロを越えました」と言われても、「ホントかな?」と疑っていた。


大げさに言うと、「ものごとは外から見るのと中から見るのとでは感じ方が違うのだ」という、人生一般に通じる大事な教えをこのときにぼんやり得ていたような気もする。




その新幹線が、今や日常の単なる通勤電車に変わり、ビール飲んだり本を読んだりしながら、ボーッと時間を過ごすだけの空間になってしまったのだから、「つまらん大人になってしまいました」という感じだ。






いつも乗るときは窓側の席が多いが、いつだったか、結構混んでいて一番後ろの通路側に座り、座ってすぐに寝てしまったことがある。




しばらくしてぼんやり目を覚ましたが、寝ぼけていて今自分が何に乗っていてどこに行こうとしてるのか、一瞬わからなくなった。




一番後ろだったから、進行方向に向かって車内が紡錘形に先細りに映り、さらにたまたまトンネルの中で、左右の窓がチカチカ光り、まるで自分が大きな空洞の針の内部にいて、土の中をひたすら掘り進んでいるような錯覚を覚えた。




その時、鈍い僕はようやく単純なことに気づいた。


新幹線は、とにかく早く目的地に着くことだけがテーマだから、最短距離をとるために直線コースを無理やり貫き、普通なら迂回すべき山を、ごり押しして通っているから、やたらとトンネルが多いのだと。


そのためにずいぶん自然を破壊し、莫大な金と人の命を費やしたんだろうな、と。




「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」というコピーが流行ったこともあったが、新幹線が開通して45年。


特急の名前も、昔は「つばめ」や「はやぶさ」のように、せいぜい「鳥」が速さの象徴だったのに、新幹線になって「こだま」(音速)から「ひかり」(光速)とヒートアップし、光速以上の速さは宇宙にないから、「ひかり」の次は考えあぐねて「のぞみ」となった。




でも「ひかり」よりも早く走ることがいったい誰の「のぞみ」だというのだろうか。




新幹線に乗る興奮を失ったのは単に僕が歳をとったというだけではないだろう。


あんまり早く走りすぎて、日本人は感じる心をどこかに落としてしまったんだと思う。




自分もその一人に違いない、疲れた顔の中年サラリーマンの多い「のぞみ」の車中で、そんなことを考えながら、だからといってどうということもなく、僕はまたうとうとと眠りにおちていったのだった。