「まぼろし」
「8人の女」の新進気鋭フランソワ・オゾン監督作品。
<あらすじ>
英文学講師(大学教授?)のマリ-(シャ-ロット・ランプリング)と
夫のジャンとは25年連れ添った熟年夫婦。子供はいない。
例年通り、バカンスを楽しむ為、南仏ランドの別荘を訪れた。
人気の無い海岸で、うたた寝をしていたマリ-は、
海水浴をしていた夫の姿がない事に気づき、大慌てで救助を求めた。
しかし必死の捜索にもかかわらず、夫は見つからなかった。
・・・・事故?失踪?自殺?・・・・
何ら手がかりもないまま、マリ-は別荘を後にする。
数日が過ぎ、友人宅で開かれた食事会で、
あたかもジョンが一緒に生活しているかのように
語るマリ-に、不安を覚える友人たち。
帰宅したマリ-は、「夫」と語り、共に眠り、朝食をとる。
ある日の講義のあと、1人の学生がマリ-に声をかけた。
「ランドの海辺で監視員の見習をしていて、
ご主人の捜索を手伝いました。」
しかしマリ-は彼に、「ランドには行った事もない」と言い放つ。
そして、警察から水死体が上がったという連絡が入り・・・。
<感想>
愛好み♪の映画でした。
静かな晩年を共に生きていくはずの夫が、突然姿を消した。
一体何があったのか?彼はどうしてしまったのか?
恐ろしいほどの喪失感・絶望感に、マリ-は現実を受け入れる事が
出来ないんですね。
「まぼろし」のジャンがいつも一緒にいる。
だから涙さえも出て来ません。
でもだからといって、狂気の中に逃避してしまったわけでもない。
どこかで冷静に現実を見つめるマリ-がいるわけです。
認めたくはないけれど、あんなに愛していた夫を、
自分は実は全く理解してなかったのではないか・・・?
その辺の微妙な心理、女心・・・「う~」と唸ってしまいました。
マリ-心配した友人が、彼女に独身の男性を紹介し、
二人はベットを共にする仲になるのですが、
その男に抱かれながらも、彼女はドア越しに
二人を見つめるジャンの姿に安心感を覚えて、
微笑み返すっちゅう場面!@@印象的でしたね~!
愛人のヴァンサンには、アリャリャだった。
「あなたは軽すぎるのよ」ってセリフ、「体重の事かい!」って
浅はかにも思っちゃったけど、よ~く考えると
それって夫の存在感そのものだったんのよね~。
う~ん、つくづく大人の映画だったわ~!
それと、夫が消えた後、
マリ-がジャンのお母さん(つまりマリ-の義母)に
会いに行く場面があるのですが、
嫁と姑・・・女vs女の壮絶なバトルが繰り広げられます。
母親にとって息子は「特別な存在」というのは、
どこも同じね~と思ってしまいました。
で、そんなこんなのお話で、
暗~いイメ-ジを持たれると思いますが、
終盤は、全てを受け入れて、
再生していく姿を描いているのかな?
かな?というのは、
ラストがどうにでも解釈できるような感じでして・・・。
波間(の男性?)に向かって(?)走っていくマリ-。
その直前に大泣きする・・・それまで泣かなかったのに。
あれで「彼女は現実を受け入れたんだ」って思いました。
だけど彼女にとっては夫が死んでいても、死んでいなくても、
ずっと愛している事に変わりはない・・・ってとこまで深読みするか、
再生の暗示とだけ考えるか・・・。
人それぞれに受け止め方が違うところだと思います。
その辺の曖昧さは、さすがおフランス映画って感じですが、
私は十分楽しめた作品です。
ちなみに、主演のシャ-ロット・ランプリングは、
「愛の嵐」で一世風靡した女優さんです。
「愛の嵐」は、ユダヤ人収容所で性の奴隷だった少女と、
ナチス将校との再会と愛憎を描いた作品。
子供の頃みて、かなりショッキングでしたね・・・汗。
この映画でのシャ-ロットは60歳くらいかな?
すっかり、「人生の酸いも甘いも知り尽くした女」になってまして、
とても素敵な女優さんだと思いました。
「愛の嵐」をもう一度見てみたくなりました。
あ、そうそう・・・
「まぼろし」の突然消えた夫ジョン役の人は、
ダ-ク・ボガ-ドっていう俳優さんなんだけど、
「愛の嵐」で主役・ナチス隊員を演じています。
「愛の嵐」は1973年の作品なので、
この二人は30年ぶりの共演だったそうです。
そういうベ-スがあったから、長年連れ添って、
会話もあまり必要じゃないけど・・・っていう夫婦役を
自然に演じる事が出来たと、DVD解説で確か言ってました。
「8人の女」の新進気鋭フランソワ・オゾン監督作品。
<あらすじ>
英文学講師(大学教授?)のマリ-(シャ-ロット・ランプリング)と
夫のジャンとは25年連れ添った熟年夫婦。子供はいない。
例年通り、バカンスを楽しむ為、南仏ランドの別荘を訪れた。
人気の無い海岸で、うたた寝をしていたマリ-は、
海水浴をしていた夫の姿がない事に気づき、大慌てで救助を求めた。
しかし必死の捜索にもかかわらず、夫は見つからなかった。
・・・・事故?失踪?自殺?・・・・
何ら手がかりもないまま、マリ-は別荘を後にする。
数日が過ぎ、友人宅で開かれた食事会で、
あたかもジョンが一緒に生活しているかのように
語るマリ-に、不安を覚える友人たち。
帰宅したマリ-は、「夫」と語り、共に眠り、朝食をとる。
ある日の講義のあと、1人の学生がマリ-に声をかけた。
「ランドの海辺で監視員の見習をしていて、
ご主人の捜索を手伝いました。」
しかしマリ-は彼に、「ランドには行った事もない」と言い放つ。
そして、警察から水死体が上がったという連絡が入り・・・。
<感想>
愛好み♪の映画でした。
静かな晩年を共に生きていくはずの夫が、突然姿を消した。
一体何があったのか?彼はどうしてしまったのか?
恐ろしいほどの喪失感・絶望感に、マリ-は現実を受け入れる事が
出来ないんですね。
「まぼろし」のジャンがいつも一緒にいる。
だから涙さえも出て来ません。
でもだからといって、狂気の中に逃避してしまったわけでもない。
どこかで冷静に現実を見つめるマリ-がいるわけです。
認めたくはないけれど、あんなに愛していた夫を、
自分は実は全く理解してなかったのではないか・・・?
その辺の微妙な心理、女心・・・「う~」と唸ってしまいました。
マリ-心配した友人が、彼女に独身の男性を紹介し、
二人はベットを共にする仲になるのですが、
その男に抱かれながらも、彼女はドア越しに
二人を見つめるジャンの姿に安心感を覚えて、
微笑み返すっちゅう場面!@@印象的でしたね~!
愛人のヴァンサンには、アリャリャだった。
「あなたは軽すぎるのよ」ってセリフ、「体重の事かい!」って
浅はかにも思っちゃったけど、よ~く考えると
それって夫の存在感そのものだったんのよね~。
う~ん、つくづく大人の映画だったわ~!
それと、夫が消えた後、
マリ-がジャンのお母さん(つまりマリ-の義母)に
会いに行く場面があるのですが、
嫁と姑・・・女vs女の壮絶なバトルが繰り広げられます。
母親にとって息子は「特別な存在」というのは、
どこも同じね~と思ってしまいました。
で、そんなこんなのお話で、
暗~いイメ-ジを持たれると思いますが、
終盤は、全てを受け入れて、
再生していく姿を描いているのかな?
かな?というのは、
ラストがどうにでも解釈できるような感じでして・・・。
波間(の男性?)に向かって(?)走っていくマリ-。
その直前に大泣きする・・・それまで泣かなかったのに。
あれで「彼女は現実を受け入れたんだ」って思いました。
だけど彼女にとっては夫が死んでいても、死んでいなくても、
ずっと愛している事に変わりはない・・・ってとこまで深読みするか、
再生の暗示とだけ考えるか・・・。
人それぞれに受け止め方が違うところだと思います。
その辺の曖昧さは、さすがおフランス映画って感じですが、
私は十分楽しめた作品です。
ちなみに、主演のシャ-ロット・ランプリングは、
「愛の嵐」で一世風靡した女優さんです。
「愛の嵐」は、ユダヤ人収容所で性の奴隷だった少女と、
ナチス将校との再会と愛憎を描いた作品。
子供の頃みて、かなりショッキングでしたね・・・汗。
この映画でのシャ-ロットは60歳くらいかな?
すっかり、「人生の酸いも甘いも知り尽くした女」になってまして、
とても素敵な女優さんだと思いました。
「愛の嵐」をもう一度見てみたくなりました。
あ、そうそう・・・
「まぼろし」の突然消えた夫ジョン役の人は、
ダ-ク・ボガ-ドっていう俳優さんなんだけど、
「愛の嵐」で主役・ナチス隊員を演じています。
「愛の嵐」は1973年の作品なので、
この二人は30年ぶりの共演だったそうです。
そういうベ-スがあったから、長年連れ添って、
会話もあまり必要じゃないけど・・・っていう夫婦役を
自然に演じる事が出来たと、DVD解説で確か言ってました。