1月28日(日)
今日は義父の7回忌のため、
ペロティを除いた家族4人で、
オットの実家に行って来ました。
お正月同様、今回も電車利用
お昼前に到着、早々に、
まずは昼食をいただきました
私は「ステーキ(フィレ肉)御膳」


お肉が柔らかくて、
メッチャ美味しい

お腹いっぱいで、
デザートはポチにあげました
2時間ほどのユッタリとした食事会を終え、
義母のお友達に大きな車で
駅まで迎えに来てもらい、
みんなでお寺さんへ


7回忌は、超祥忌とも言うそうで、
亡くなった義父は極楽で幸せ、
そして私たち家族もそんな義父に
見守られて幸せ、
というような意味があるそうです。
もちろん何年経っても
寂しい気持ちがなくなる
訳ではありませんが、
ある意味、
悲しみにも1つの区切り、
という事のようで、
お互い幸せの中にあるという
考え方は救いになると思いました。
立派な御神木

法要は30分ほどで終了。
オットは宇都宮まで帰るので、
お寺さんから、そのまま駅まで
送っていただき、帰路につきました。
義父は、
ペロティが小学6年生の冬に倒れ、
長い闘病の後、
ペロティが高校3年生の冬、
大学受験の最終日前日に
亡くなりました。
受験生のペロティには
すぐには義父の死を知らせずに、
先に4人でオットの実家に向かい、
ペロティには試験が終わってから
事情を伝え、お通夜に駆けつける、
という形をとりました。
その事を今でも「遺憾だ」と
ペロティ本人は言いますが、
孫の受験を邪魔しない
タイミングを見計らったような
義父の最期に、
何か言葉には言い尽くせない
大きなものを感じ、
あの選択は間違いではなかったと、
思っています。
そんな風に守られたペロティが、
超祥忌に参列出来なくて
申し訳ない気持ちもありましたが、
ご住職がおっしゃったように、
きっと今も義父は私たちを
見守ってくれていると、
そう信じたいと思います。
今日は義父の7回忌のため、
ペロティを除いた家族4人で、
オットの実家に行って来ました。
お正月同様、今回も電車利用
お昼前に到着、早々に、
まずは昼食をいただきました
私は「ステーキ(フィレ肉)御膳」


お肉が柔らかくて、
メッチャ美味しい


お腹いっぱいで、
デザートはポチにあげました

2時間ほどのユッタリとした食事会を終え、
義母のお友達に大きな車で
駅まで迎えに来てもらい、
みんなでお寺さんへ


7回忌は、超祥忌とも言うそうで、
亡くなった義父は極楽で幸せ、
そして私たち家族もそんな義父に
見守られて幸せ、
というような意味があるそうです。
もちろん何年経っても
寂しい気持ちがなくなる
訳ではありませんが、
ある意味、
悲しみにも1つの区切り、
という事のようで、
お互い幸せの中にあるという
考え方は救いになると思いました。
立派な御神木

法要は30分ほどで終了。
オットは宇都宮まで帰るので、
お寺さんから、そのまま駅まで
送っていただき、帰路につきました。
義父は、
ペロティが小学6年生の冬に倒れ、
長い闘病の後、
ペロティが高校3年生の冬、
大学受験の最終日前日に
亡くなりました。
受験生のペロティには
すぐには義父の死を知らせずに、
先に4人でオットの実家に向かい、
ペロティには試験が終わってから
事情を伝え、お通夜に駆けつける、
という形をとりました。
その事を今でも「遺憾だ」と
ペロティ本人は言いますが、
孫の受験を邪魔しない
タイミングを見計らったような
義父の最期に、
何か言葉には言い尽くせない
大きなものを感じ、
あの選択は間違いではなかったと、
思っています。
そんな風に守られたペロティが、
超祥忌に参列出来なくて
申し訳ない気持ちもありましたが、
ご住職がおっしゃったように、
きっと今も義父は私たちを
見守ってくれていると、
そう信じたいと思います。