何だか、今月は身体もトチ狂ってれば、

用事も多いし、何かとすることもあるし、

病院ばっかり行ってる気がする。


私は夜にリボトリールを飲むのだが、

それは夢対策なのである。


私の場合、単純に悪夢の場合もあるが、

それは離婚してから、随分落ち着いた。

しかし、現実との境界線がわからない

夢を見ることがしばし増えた。


例えば、夢の中で、誰かと約束したとする。

起きた瞬間、それが現実にされてると勘違い

している。


それが違うとわかるまで、幾らかかかる。


夜は2錠にしてもらったので、幾分、

夢は曖昧になった。


この調子の悪い間、ずっと寝ていることが

多かったのだが、何だか変な夢を見ることが

多い。


だいたい最近、多いのは

「愛情に飢えているのか?」と思えるような、

私を救う男性が現れる夢。


そして、今日の夕方に見た夢は

誰かの葬儀に行っている。

一瞬にして、3箇所くらい葬儀場に居る

自分をハッと思うのだが、遺影を見ると


一人はわからなかった。

一人は元旦那の祖母である。(故人)

そして、もう一人は去年亡くなったママ友である。


そのママ友のところに、1年を過ぎた頃で、

お花を注文していて、今度、伺おうかなと

思っていたところだ。


その彼女は、少し前にも、現れた。

それは、非常に荒れていた時である。

あれてあれて、どうしようもなかった時である。


どこかの路地の電柱から、寂しそうな顔をして、

私を見たのが一瞬わかった。


多分、空の上で、全てお見通しになった彼女には

私は友達の中でも、心配の種なのだろう。


葬儀の夢というのは、実際は悪い夢ではない。

何かのターニングポイントを意味してる場合も

あるらしい。


また、葬儀の遺影の相手が、生存者ならば、

その人との間に何か縁があるらしい。


私の場合は故人だ。


元旦那の家族の中で、一番、好きだったのは、

怖いけど、人情に厚く、ここというときにしっかり

しているおばあちゃんだった。


もう他人の立場になってしまったが、こんな風に

なってしまった私を不憫に思っているのかもしれない。


友達が出てきたのは、何となく、「おいで」と

言われてる気がした。

それは、あちらの世界という意味ではなく、

彼女の家だということ。


あなたが好きなバラで、キュートなあなたに

似合いそうなデザインを選んであるよ。

喜んでくれることを、楽しみにしてる。


弱い私は、本当は独りではなく、

空の上から、誰かが見ててくれているのかもしれない。

今、私が苦しむ意味は、私に私の中で難解にしてしまった

方程式を簡単な数式に変えるための、試練なのかもしれない。


その点に関しては、


「人には期待はしない」

「力みすぎると、身体が持たないので、自分が

思ってるより、少し力を抜いて。但し、やるべきことは

ちゃんとする。」

「人に何か言われてようが、自分さえしっかりしてればいい。

自分は同じ器になってはいけない。」



これが1年で学んだことだ。

冬はいつまでも続かない、冬の後は春だ。

これは私が、悩む友にずっと投げかけてた言葉だ。

今、自分にそれを投げかけよう。


いつか、振り返れば、花咲く世界に居れる自分が

在る日がくることを信じて。