死を決意できる根性があったのならば、


この先、生きる覚悟もできるだろう。


ムチうって働かないといけない身体でも、


それを無視して、働かないといけないだろう。



その根性があったのならば、父親にも成り代わり、


こいつらを、巣立つまで、育てる覚悟をしたのだろ?



幾度となく、落ちてくる鬱陶しいトラブルメーカーの


破片も、その決意をしたことがあるのならば、


痛くも痒くもないだろ?


それで襲う恐怖感より、死を選ぶ根性の方が


はるかに勝っていることを。



あとは、逃げちゃダメだ。


全部、いらぬものはぶった斬って、前に進む。


他人様の評価とか、そんなものはどうでもいい。


自分の結果だけを出しておけば、食いはぐれはしない。



愛とか、そういうものは、求めていてはいけない。


今の私には必要ない。


昔の愛情に、思い人に浸る余裕など、お前にはない。


鬼にならねば、後は生きてはいけない。


この自分の弱さを、消し去るくらいに。



逃げれば、どんどん弱さだけが大きくなり、


せっかく立ち上がった己自身を、また元の位置に


戻してしまう。


何が怖い。


怖いのは、誰でもない。あえて言うなら、自分だけだろ。



今、一度 リセットする。


そして、明日からは、鬼になる。


なれなくても、なろうと、泣いても鬼になろうと、


それだけに進む。



そのうち、自分のリズムをつかめ、


それから、リズムの余裕がでてくるだろう。


時間さえ過ぎれば。



消えることが、許されないのならば、


生きるのみ。


消えたい世界で、生きるには、


鬼になるしかない。


鬼を自分の中に飼うしかない。



極端と言われようが、それしかない。


腐って終わっていくならば、


ボロボロで終わる方が些かマシだ。



キツイ人生だろう。


ま、それも、キツイと思わない自分を


創ればいい。


ただ、こういう道なのだ、と。


歩けば、おのずと結果は出る。


誰のための結果でもない。


私のだ。



最期は「お疲れ様でした。」でいい。


気の問題といわれるのならば、


気の問題でどうにかしてやる。


それこそ、あなたの言う


本当の「キチガイ」だ。



気だけで生きてやる。


感情など、作り笑いだけで十分。