【戦(イクサ)小早川秀秋幻記】若武者 | 関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋

【戦(イクサ)小早川秀秋幻記】若武者

 慶長二年(一五九七年)
 朝鮮に血の河が流れた。
 年老いた太閤、豊臣秀吉が挑んだ二度目の
朝鮮侵略は城の奪い合いが続き、日本軍は倒
した敵兵の耳や鼻をそぎ落として戦功の証と
したため、いたる所で大地が血に染まった。
 冬の凍てつく大地に横たわる兵士の体には
霜が降り、所々、白く凍っていた。
 もともと朝鮮侵略には大義名分がなく、織
田信長の死後、天下統一を果たした秀吉は、
力だけの武士の時代を終わらせようと考えて
いた。特に幼い嫡男(ちゃくなん)、秀頼に
跡を継がせるためには、西の強大な兵力を保
っている諸大名は邪魔な存在だった。そこで
適当な理由をでっち上げ、西の諸大名を朝鮮
出兵させ消耗戦を繰り返させていたのだ。

 年が明けた一月
 朝鮮でも武勇が知れ渡る加藤清正は、蔚山
(うるさん)城で、明・朝鮮連合軍に包囲さ
れ孤立していた。
 蔚山城は清正が縄張りし、毛利秀元・浅野
幸長らが中心となって築城した完成間もない
城で、強固な城壁はあるものの短期間で造ら
れたため、丸太がむきだしの荒々しい砦とい
った感じだった。
 城が完成すると幸長の部隊が駐屯し清正、
秀元の部隊は退去した。その隙を突いて明・
朝鮮連合軍の将兵が攻め寄せてきたのだ。
 幸長から城が攻撃されているという知らせ
を聞いた清正はすぐに救援に駆けつけ夜陰に
まぎれて城に入った。
 籠城(ろうじょう)する日本兵三千人に対
して明・朝鮮連合軍は兵六万人の大軍で何度
か城の攻撃を試みたが落城させることはでき
なかった。そのうち城に水や食糧が乏しいと
分かった明・朝鮮連合軍は城を完全に包囲し、
兵糧攻めにでた。

 城内は何もない寒々とした山小屋のような
場所と化していた。
 凍える手に息を吹きかけて体を丸めていた
日本軍の兵士がばたっと倒れて石像のように
もう二度と動くことはなかった。その顔はや
せ衰え無精ひげを伸ばし、死してもなお目を
ぎらつかせていた。
 意識がもうろうとした兵士が、はいつくば
って窓に近づき外の様子をうかがった。
 城の外には明・朝鮮連合軍の将兵らが総攻
撃の戦闘準備を整えるため、あわただしく立
ち振る舞っていた。
 城の奥まった部屋で、どっしりと座ってい
る加藤清正。その顔はやつれ、髭が伸びては
いるが、武人の風格はかろうじて保っていた。 
時折吹いてくる風が清正の髭を揺らした。
 城を包囲した明・朝鮮連合軍のあわただし
くなっていく様子に清正のもとへ集まった兵
卒らがざわつく。
「うろたえるな。助けは必ずやって来る」
 清正の勇ましい言葉にも、腹をすかせて凍
えていては一時しかもたない。それは清正に
しても同じことだった。
 兵卒らは城の外を恨めしそうに眺めて、援
軍の到着するのを今か今かと待ち望んでいた。
 実はその頃、すでに日本軍は救援に駆けつ
けていたのだ。しかし、人質状態になってい
るのが明、朝鮮にも名を轟かせた清正ではう
かつに突撃できなかった。
 清正は日本にとっては武士の鏡であり英雄
だった。そのため日本軍はなんとか無事に助
け出そうと手立てを慎重に検討していたのだ。
 日本軍は明・朝鮮連合軍から見える小高い
場所に集結し、無数の幟を立てて城の様子を
うかがった。
 あえて目立つようにしたのは明・朝鮮連合
軍が自分たちに気づき撤退するかもしれない
と考えたからだ。しかし、いっこうにその様
子はなかった。
 救援部隊には黒田長政、島津豊久、毛利秀
元、鍋島直茂、勝茂の父子が参加していた。
 五人は集まり結論の出ない謀議を繰り返し
ていた。そこに明・朝鮮連合軍を探索してい
た兵士が戻って来て告げた。
「敵が攻撃態勢を整えました」
「分った」
 長政が険しい顔でつぶやくように言った。
 とっさに直茂が、
「もう時間の猶予はない。総攻撃を仕掛け、
奴らを追い払おうぞ」
 豊久がそれに反論する。
「いや、それでは清正殿の身に危険が及ぶ。
ここは使者をたて、話し合いに持ち込むほう
が得策」
 勝茂は父の直茂に同調した。
「何を悠長なことを。このままでは手遅れに
なりますぞ」
 長政は言い争いになりそうな豊久と勝茂の
間に入って言った。
「清正殿は太閤の秘蔵っ子。うかつなことを
して、もしものことがあれば、われらが太閤
の怒りを買うだけだ」
 豊久が長政に付け足すように言った。
「敵が今まで攻撃しなかったのも清正殿の武
勇が知れ渡り恐れてのこと。話し合いに必ず
乗ってきます。われらが危険を犯す必要など
ありません」
 五人の話し合いはなおも続いた。
 しばらくすると城の方から気勢が上がり、
明・朝鮮連合軍の攻撃が開始された。それを
四人は呆然と立ち尽くして見ているしかなか
った。
 その時、城を遠巻きに待機していた日本軍
の側を一瞬の閃光と共に風が吹いた。それは
刀を振りかざした別の日本軍の騎馬隊が、包
囲している明・朝鮮連合軍に疾風のごとく突
き進んで行く姿だった。
 長政が叫んだ。
「総大将」
 話し合いをしていた五人は慌てて出撃の準
備に散った。
 突然現れた騎馬隊は長い帯になって駆けて
行き、城を攻撃している明・朝鮮連合軍の背
後に迫った。
 清正が人質状態にあるため日本軍の救援部
隊は攻撃してこないとあなどり、城の攻撃に
気をとられていた明・朝鮮連合軍の将兵らは、
いきなり背後から日本軍の騎馬隊に攻め寄せ
られ、次々になぎ倒されていった。
 日本軍のひとりの若武者が慌てて逃げる朝
鮮兵に襲いかかり、後に続く騎馬隊も城の周
りに押し寄せ四方に散らばる。
 不意を突かれた明・朝鮮の将兵らは、故郷
や家族の笑顔を思い出す間もなく枯れ草に埋
もれた。
 若武者は混乱の中から抜け出たかと思うと
また突っ込み、馬をせきたてて縦横無尽に駆
け巡った。
 若武者と一緒に勇ましく現れた騎馬隊だっ
たが、なぜか二手に別れ、どことなくばらつ
いていて、しばらくは無秩序に攻撃していた。
そして奮闘する若武者とは少し距離をおいて
いた。
 城内では救援に来た日本軍の騎馬隊が見え
ると気勢が上がった。清正もその中にあった
が、騎馬隊の攻撃を見てつぶやいた。
「総大将の騎馬隊か。しかし、なんじゃこの
戦い方は。兵の統率がとれとらん」
 二手に分かれた騎馬隊は協力する様子もな
く、好き勝手に攻撃しているように見えた。
 一方の騎馬隊を仕切っていた武将が叫んだ。
「いまこそ小早川の武勇を示す時ぞ。突っ込
め」
 それに対抗するようにもう一方の騎馬隊を
仕切っている武将がうなった。
「奴らに遅れをとるな。豊臣の名折れぞ。底
力を出さんか」
 若武者はそんなことを気にする様子もなく
次々と敵兵を倒していく。
 いつしか若武者のすさまじい戦いぶりに、
遠巻きに散らばっていた騎馬隊は、次第に若
武者につき従うようになり歩調を合わせ、一
丸となって攻撃し始めた。
 出遅れた他の日本軍も加わり、若武者と競
り合うように敵兵を倒していった。
 やがて追い立てられ劣勢になった明・朝鮮
連合軍の部隊は退却しはじめた。しかし日本
軍にそれを追撃する余力ははなく戦いは終っ
た。

 戦場が静まり返ると城内から、まるで無人
島で助けを待っていたような、やつれた清正
がフラフラと出て来た。
 城の外では、騎乗したままの若武者が空を
見上げ、鷹の回っている様子をポカンと見て
いた。
(この若武者があの総大将)
 清正はこの若武者のことをよく知っていた
が、戦う姿を見たのはこれが初めてで、日ご
ろの様子とはぜんぜん人が違って見えたのだ。
 まるで武者絵に描かれた源義経が出てきた
ような小柄な背格好の若武者に幻惑されてい
るようだった。
 若武者をよく見ると使い古された鎧を身に
まとい、老練な野武士の風格さえ漂わせてい
ることにさらに驚かされた。
 清正に気づいた若武者は、睨みつけたかと
思うとすぐに屈託のない笑顔を見せた。向き
合った二人は夕日に照らされ影となった。
 この若武者がわずか十六歳で総大将に任命
された小早川金吾秀秋。その名を知らなくて
も関ヶ原の合戦で西軍を裏切り東軍を勝利さ
せたといえば分かるだろう。
 決断力がなく弱々しい若武者として伝わっ
ている秀秋の初陣は華々しく、今までの秀秋
像とは違和感がある。
 ではなぜ今の秀秋像ができ、真実のように
伝わっているのだろうか。
 そこには秀秋を心底恐れた権力者の陰謀が
隠されている。