現在の五右衛門風呂には五右衛門風呂と長州風呂があり、鋳物(鉄)で浴槽が作られた風呂釜を指す。名前の由来は豊臣秀吉が石川五右衛門をかまゆでの刑にしたという俗説から生まれた。竃(かまど)の上に釜をのせ、その上に桶を取り付け、底板を浮き蓋とした浴槽が木製のものが本来の五右衛門風呂であり、写真のように桶のない風呂釜が上まであるものは長州風呂と呼ばれるが、現在は混同されどちらも五右衛門風呂と呼ばれている。風呂釜の底部は熱せられ熱いため入浴時は板を踏み沈めて入浴する。

木製の桶、風呂釜、竃=五右衛門風呂
風呂釜、竃=長州風呂






写真は内子町「商いと暮らし博物館」にあった長州風呂