高校生の息子の進学に関する個人面談があり、

通っている高校へ向かいました。


高校ともなると、担任の先生にお会いすることも少なく

貴重な時間です。


お世辞にも成績が良いといえない状態ではあるけれど

「やるときゃ、やる」と思っているので

先生からのどんな「きついお言葉」も受け入れるつもりで順番を待ちました。


いよいよ、面談室に入ると

笑顔で迎えてくださり

「彼はスポーツをしているので、部活を例にして受験のことを話したら

ちゃんと理解してくれました。

試合に勝つために、まず自分たちのチームの得意技・不得意技を分析し、

それを強化するために、どうするかを考え

練習し、当日の試合をシミュレーションする。という準備を今からするように言いました。

彼は、日頃の様子を見ていても、仲間を大切にし、また、静かな闘志を周りにふりまくリーダーシップをとるタイプなので、僕との約束は守ります。お母さんも応援してください。」

と言ってくださいました。


もう、何も言うことはありませんでした。


理解してくれる先生がいる。


きっと息子はこの先生との約束を守るだろうと「勘」が働き、安心して学校をでました。


やっと・・・・やっと。「見てくれる」先生と出会えた喜びで一杯になりました。


実は、次男は、小学校からなかなか、「見てくれる」先生と出会うことが出来ていませんでした。


たとえば、小学校3年生のとき。

スポーツ大好き。スポーツ少年団で野球も本気でやっているので、たいがいのスポーツはやりこなす子です。


体育のテーマが「ドッチボール」の時に、息子が家に帰って嬉しそうに

「今、体育はドッチボールなんだけど、俺は野球のとき、しょっちゅうボールを投げよるから、

おとなしくて、あんまりボールに触れん人達に、俺が取ったボールを全部渡して、投げさせたら

ぶち、喜んでくれたんよ。後で、ありがとうと言われたけぇ、嬉しかった」と言ったことがありました。


そして、その学期の通知票の「体育」は「3」でした。

他の勉強教科は「3」でも、体育だけは「5」が通常の息子なので

よほどのことがない限り先生に聞かない私も、ついつい、個人面談で

当時の担任の(50代女性)先生に「どうして体育は3ですか?」と聞きました。


「温品くんは、まじめにドッチボールをやりませんでした。

野球もやっていて、上手なはずなのに、周りのおとなしい子に投げさせてばかり。

そういうずるい所は、私は見逃さないです。お母さんからも注意をして欲しいです。」


そうですか・・・ずるいですか・・・

私は、この先生のもとでの体育は「3」で十分。と思って、そのまま帰りました。


中学3年の進路決定の3者面談の時は、担任(40代女性)から

「リーダーシップを発揮しないところは、一番問題です。高校に入ってもこのままでは

成績も伸びないでしょう。リーダーシップを身につけるようにお母さんからも言ってください。」

と言われました。

先生の言っている意味が良くわからなかったので、確認すると

「彼は、力がある。それなのに体育祭の時は委員長ではなく、副になると言い張り、楽をしようとしました。

また部活でも、キャプテンなどの要職をさけ、楽をすることばかりを考えています。

力があるからこそ、私はそれが納得できません。」

とおっしゃいました。


ただ、私は彼から聞いて知っていました。

「今回、体育祭のリーダーになりたいと言っている子は、強引な部分があり周りと衝突しそうだから

先生達の言うとおり、「なりたいというけど、辞めさせる」よりも、自分が、周りをおさめたら

なんとか、あいつも、成功すると思ったから「副」をする。」

「今年の下級生をまとめるのは、一番自分が適しているから、キャプテンとして全部をまとめるよりも

フリーの立場で、下級生たちを指導したほうが、今のキャプテンが楽になると思った」


そうですか・・・支える立場になることは「楽をする」ことですか・・・


沢山の生徒がいて、全員の様子を見るのは大変でしょう。

心のうちを知ることも無理かも知れません。


でも、それを「見きわめる」のは教師の仕事だと思います。


今回、初めて、「静かな闘志」という言葉で息子のリーダーシップの取り方を理解してくださる

先生に出逢い、心から嬉しかった。


リーダーシップというのが、全面に闘志がむき出しになる

わかりやすいものでしか「見られない」人に、

人の評価は難しいのではないか。


いろいろな指導者・担任の先生に逢うとそう思います。