先日、癌の方のこんな趣旨のツイートを目にしました。
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癌患者に「私も明日死ぬかもしれない。それは皆同じだよ!」
と言ってはいけない
・半年後のライブや旅行の予定を立てる時や
子供の行事、お祝い、友達の誘いに「生きて行けるかな?」と
真っ先に考えますか?
・頭の片隅にいつも生死の事を考えてますか?
絶対に同じではない
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そして、このツイートに賛同する癌患者の方が多数
はい。
僕も常に死は考えてるし
半年後の旅行の予定は悩みます
そして、健常者のそれとは絶対に異なります
でもね
僕が健常者だったら
癌患者の友人を前にして絶対にこの言葉を言わないだろうか?
いや
正直、僕は言う自信があります
だって癌患者の気持ちなんか健常者はわからないもん!
「真に理解しろ!」って事は
「癌患者になれ!」って事なんじゃないの?
癌患者って、
健常者の世界と癌患者の世界の両方を見た
健常者より視野の広い人間なはずなんで
「まあ、わからない奴がそれなりに気を使って言ってるんだろうな~」と
大きな目で見て許してやれば良いのにと思うんです
癌まで経験したいい大人が
癌も知らない子供の言葉のあやでいちいち怒るなよ!って。。。
健常者の気持ちはわかるだろ?
「癌患者」=「可哀想で気を使われるべき」と言う発想から始まるから
こんな事で傷つかなくちゃならないんだと思います
って言うか
このツイート主は結局のところ、何を求めてるんだろうか?
「慰めるならもっと他の言葉で」って事?
と、すると健常者は癌患者の事なんか真には理解できないから
言葉を予め設定しておいてあげないとダメだよね?
それとも「癌になれ!」って事?
「皆で不幸になりましょう!」って事?
いやいや、健康な人で満ち溢れ
高額療養費から溢れた部分の担い手になって貰いましょうよ!
社会福祉の為に働いて貰いましょうよ!
等と考えてしまう暇な朝。。。