今回から、
夫の死亡後に夫の凍結精子を使って妊娠出産した場合の父子関係は？
法的に夫の子どもと認められるのか？
というテーマについて、
過去の裁判例を
数回に分けて
解説をしていきます
いわゆる
「死後生殖」
と呼ばれ、議論があるテーマです。
今回のケースは、実際に裁判で争われた例です
初回の今回の記事では、
この内容が争われた実際の「裁判例の概要」を、
お伝えするとともに、
そもそも、今回のような請求で、
法律上の親子関係に関して現在はどのような法律となっているのか
という前提知識を、解説したいと思います。
次回以降の記事では、
法律上の親子関係の例外はあるのか
死後生殖にはどのような問題があるのか
現在の日本の制度と死後生殖による父子関係
という点などについて、
裁判の内容を見ながら解説していきたいと思います
事案の内容
✔️ 裁判例
第一審：
松山地裁平成１５年１１月１２日判決
（判例時報１８４０号８５頁）
第二審：
高松高裁平成１６年７月１６日判決
（判例時報１８６８号６９頁）
最高裁：
最高裁判所第２小法廷平成１８年９月４日判決
（判例時報１９５２号３６頁）
✔️ 事案の概要
X（妻）とA（夫）は夫婦。
Aは重い病気を患っており、XとAは婚姻関係にある間に、子どもを授かりたいと考え、不妊治療を受けていた。
Aが放射線治療を受けることになり、無精子症となるリスクがあることから、Aの精子をと上結保存することになった。XとAは病院に対して精子凍結保存の同意書に署名押印して提出した。
なお、上記同意書には、「死亡後の精子を用いた生殖補助操作はしないこと。」という文言が盛り込まれていた。
その後、Aが死亡した。
Xは、Aの死亡後、凍結保存したあったAの凍結精子を利用して、体外受精の治療を受け、妊娠し、子ども（X１）を出産した。
Xは、出産した子どもX1を、XとAの両名の子として、役所に出生届を提出した。しかし、役所はAが死亡しており、Xとの婚姻関係が解消されてから所定の期間が経過した後に生まれた子どもであるX1は、法律上Aの子どもとはならないとして、届けの受理を拒否した。
Xは、上記の役所の対応が違法であるとして、家庭裁判所へ裁判を提起して、最高裁まで争ったが、この理由では認められなかった。
そこで、Xは、X1の母親（法定代理人）として、子どもX1をAの子どもとして認知するように、国に対して、認知請求の裁判を起こした（本件の裁判）。
※当事者のアルファベットは実際のイニシャルなどとは全く無関係に記載しています。
今回の解説のキーワード
法律上の親子関係に関する制度
ポイント解説
現在の日本の法律では、
法律上の親子関係は、
必ずしも生物学的な親子関係とは一致しない
どういうことか？
現在の日本の法律では、
血縁上の（生物学的な）親子関係を基礎としつつも、
必ず生物学上の親子関係と一致させることを必要としていない。
つまり、
生物学上は親子とならない者同士でも、
法律上は親子関係となることがある
たとえば・・・
1️⃣ 養子縁組をした親子同士
2️⃣ 婚姻中の夫婦のもとに出生した子が妻の不倫によりできた子だった場合
（夫側が気付いていない等で親子関係を否定する手続きをしていない場合）
など
上記2️⃣のようなことが起こり得る理由
現在の法律では、
婚姻関係にある妻が妊娠した子どもは、
夫の子どもと推定（民法７７２条１項）
されるということになっています
そのため、
夫との婚姻中に妻が不倫相手との子を妊娠し、
出産した場合、
基本的に、
夫と子どもの間に親子関係が生じることになります
これを否定するためには、
原則として、
夫が、裁判所に対して、
嫡出否認の訴え
という裁判を起こして、
自分の子ではないことを認めてもらわなければなりません。
※なお、既に離婚のための別居をしている場合や、遠隔地の居住などで、
妻が夫の子を妊娠する可能性が無いことが客観的に明白な場合は、
例外的に嫡出推定を受けないという判例があります。
なぜこのような制度になっているか？
現在の日本の法律では、
子どもの身分関係を早期に安定をさせること
を重視しており、
このような制度になっています
どういうことかというと、
たとえば、
生物学上の父親しか、
法律上の父親にはなれない
（例外は認めない）
という制度にしたと仮定した場合、
子どもが出生したとしても、
DNA検査をしたりして父親と証明しない限りは、
子どもには法律上の父親がいない、
という状態が続きます
さらに、上記のような不倫関係の場合でも、
例えば夫婦間の話し合いで、
子どもを夫婦の子どもとして育てていこう、
というように決めたとしても、
夫はその子どもとの関係では父親にはなれない
ということになります。
（不倫相手が父親になるので、
不倫相手との間で話をつけないといけない。）
法律上の父親が決まらないと、
法律上も子どもの養育などに影響が出ますので、
法律上の父親がいないという状態を回避するために、
このような制度になっているというわけです。
認知について
以上の通り、
現在の法律では、
親子関係について、
血縁関係に基礎は置きつつも、
それに縛られず、
夫婦間のもとに生まれた子どもは、
血縁関係に関係なく、
原則として夫が父親になるという制度になっています
なお、
未婚の母の場合は、
法律上当然に父親が決まるということはなく、
「認知」という制度が存在します
認知を行うことで、
法律上の父親を決まることになります
また、
父親が自主的に認知をしない場合、
すなわち、
裁判などの強制認知の場合は、
父と子の間に生物学上の親子関係があることが、
認められる必要があります
認知には、
死後認知
というものが認められており、
母親が妊娠→認知をせずに生物学上の父親が死亡
の場合は、夫の死後であっても、
認知の訴えを提起して認められれば、
父親と子どもの間に、
法律上の親子関係を生じさせることができます
一方、
今回からの記事で紹介する裁判の事例は、
上記の通り、
A（父）が死亡→母親Xが妊娠
というケースですので、
この死後認知の制度がそのまま適用できるケースではない
ということになります
まとめ
現在の日本の法律では、
生物学上の父親と法律上の父親とが、
必ず一致するわけではない
なお、今回紹介している裁判例は、
上記の通り、あくまでも裁判例の１つです。
実際の結論は個別のケースで異なる可能性があります。
実際の個別ケースについてお困りのことがあれば、
一度、弁護士にご相談されることをお勧めします。
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