3/11(金)、その分野の専門家達が「とんでもない地震が起きた」と驚愕するほど、
すさまじい地震が発生しました。
宮城県沖を震源とする、マグニチュード9.0(日本観測史上初)の大地震です。
地震の揺れ自体はもちろんのこと、地震後の世の中の混乱ぶりも、
私もかつて経験したことないことばかりです。
津波で壊滅的な被害を受けた東北地方の各地の映像、
増えるばかりの死者・行方不明者の数。心が痛い。
個人でできることは本当に微力だけど、
置かれている環境に文句を言わず、
被災地の一日でも早い復興を願い、慎ましやかに生活をしたい。
地震の日。
こうちゃんは、お母さんと一緒に横浜のそごうにいました。
こうちゃんの靴がとても窮屈そうに見えたので、一日でも早く新しい靴を買ってあげたかったから。
揺れもものすごかったけど、
お店のディスプレイや、棚に陳列された商品がすべて落ちてきて本当に怖かった。
いつでも身一つで逃げられるように、こうちゃんを咄嗟に抱っこ紐の中に抱えました。
(本当に、いざとなったらベビーカーは捨ててくるつもりでいた。)
その後、店員さんの冷静な誘導により、お店の外へ出てみるも、
電車もバスも動いておらず、当然タクシーも長蛇の列。
帰宅方法を探しあぐね、横浜駅周辺をさまよっていると、
なんとマンションのお友達に遭遇したのです。
ちょうどその頃、自宅マンションの電気、水道がストップし、復旧の見込みがないとの情報を得ていたこともあり、
その晩は、保土ヶ谷にあるお友達のご実家にお世話になりました。
横浜から保土ヶ谷のご自宅まで、徒歩で1時間ほど。
ベビーカーが嫌いなこうちゃんを、半ば無理やりベビーカーに乗せました。
こうちゃんなりに、状況を理解してくれたのか、歩いている間、ベビーカーに乗っていてくれたのには本当に助かりました。
ただし、その間、ずっとパンをあげ続けていたので、夜ご飯はまったく食べてくれませんでしたが。
電気がついた明るい部屋で、美味しい食事と、暖かいお風呂までいただき、
一歩外の世界では大混乱が起こり始めているとは思えないほど、
安心して一晩を過ごすことができました。
この日、お世話になったことは一生忘れません。
本当にありがとうございました。
翌日。
電車が動き出したことを確認し、自宅に戻りました。
家具や食器が多少、倒れたり、落ちたりしていることを覚悟していましたが、
写真立てが1つだけ、落ちて割れていた以外は、なにも被害はなくほっとしました。
小さいレオンを残していったので、物などが落ちて怪我などしていないかと、
そればかりが気がかりだったので。
レオン君も、心細い思いをさせてしまったけれど、とても元気でした。
宇都宮に出張に行っていたお父さんも、その日の夕方にようやく帰ってきました。
お父さんの顔を見て、とりあえず安心。
実家の家族達もみんな怪我などしていないようでした。
地震の日から10日経った今。
見た目上の地震の爪痕がほとんどなかった関東地方でも、
電力の供給不足に陥る懸念から計画停電が実施され、
いつ、停電になるかもわからない状態。
スーパーも営業したり、しなかったり。
営業しても、品薄だったり、レジが大行列だったりして、日々の買い物に行くのもストレスになってしまった。
でも、被災地の方の不安や苦労、悲しみを思えば、まったくたいした問題ではないこと。
冷静になり、少しの我慢と、大きな心を持って、うまくこの状況とつきあっていき、乗り越えていくしかない。
そして、この地震で改めて感じたこと。
地震直後の横浜は、いつも以上に人・人で溢れ返っていたけど、
文句を言ったり、我先にと行動している人の姿はほとんど見られず、
むしろ、幼い子供を連れた私の手助けをしてくれたり、既に皆が協力し合おうとしていた。
そして、計画停電が始まっても大きな事故や盗難のニュースもなく、(報道されていないところで、多少はあるかもしれないが)
日本人は、冷静に行動することのできる大人の国民なのだと思った。
こんな状況でも、こうちゃんの笑顔や、無垢な寝顔で何度癒されたかわからない。
家族が元気でさえいれば、どんな時でもなんとかなる。
こうちゃんを守ろうとする気持ちと共にまた一つ母親になれた気がした。