2024/4/28(月) ルクソール滞在2日目




【古代都市テーベとその墓地遺跡   ②王家の谷】

朝6時30分、ナイル川西岸から見学スタート!

最初の見学地は、世界遺産 王家の谷です星キラキラ

こちらには有名なツタンカーメンを始め、新王朝のファラオたちが数多く埋葬されています注意


01パノラマ






●王家の谷について
新王国時代以前の王の墓の多くが盗掘に遭っていたことから、トトメス1世によって初めて自分の墓のありかを隠す目的でこの谷に初めて岩窟墓が建設された。
その後の長い歴史の中で王家の谷にある墓の多くも盗掘を受けたが、1922年に発掘されたツタンカーメン(トゥトアンクアメン)王の墓は唯一ほぼ未盗掘で、副葬品の財宝がほぼ完全な形で発見された。

墓にはKV1~KV64という名前がつけられている。KVはKings Valleyの頭字語、数値は発見順の連番である。歴史上、何度も洪水の被害(1994年のフラッシュフラッドなど)にあっているため、20世紀後半から壁などを整備しているが、あまり効果的な減災効果が見込まれていない。





新王朝といってもちょっと分かりにくいですね。

古代エジプトで有名なピラミッドは古王朝の時代で、今から4500年ほど前です。そしてツタンカーメンなどの王の世代は、第18王朝といって、ピラミッドのクフ王の時代から1200年ほど進んだ時代です。

エジプトはその後、もう一つ時代があって、プトレマイオス朝の時代となります。この時代はアレキサンダー大王がエジプトを支配して、その後、アレキサンダーの部下たちがエジプトを治めた時代です。

ツタンカーメンの時代から、さらに1000年ほど先になります。


※画像はお借りしました。

000歴史




バスから降り、厳重なセキュリティチェックのエントランスを抜けると小さな車(シャトルカート)が待っていました。

この車に乗って、王墓があるエリアまで行きます。



01王家の谷に到着






こちらが王墓があるエリアとなります。







正面に見える山は、クルンといって「角」という意味だそうです。
こちらに、トトメス1世が初めて墓を作ったのですが、こちらを選んだ理由がこの山がピラミッドに似ているからだと言われています。


03つの




現地ガイドのモハメッドさんニコニコ乙女のトキメキ

この地にファラオが墓地を建設するようになったのは紀元前1250年頃、トトメス1世が造ったことが始まりとされているのは前述の通りです。

この険しい岩場を削って造られた岩窟墓地群を「王家の谷」と名付けたのは、エジプト学の父と称され後にヒエログラフの解読に成功したシャンポリオンであるとのお話でした。





まずはラムセス4世の王墓からスター

早速中に入ってゆきます!












ラムセス4世の王墓はレリーフや壁画の保存状態が良く、色鮮やかで目を引きました。

ヒエログリフもくっきりと残っていて、いつか勉強して解読してみようと思いたって、パシャパシャと写真におさめてしまいましたカメラルンルン
























続きまして、ラムセス9世の王墓へ!






入れるところは、少なめ。

行き止まりの先に下に降りる階段があり、観光客は降りてゆくことは出来ません。

しかし、そこにいる人にスマホを渡すと、それで下の様子を撮影してくる、というサービスがありました。もちろんチップを要求されるシステムです笑






続きまして、セティ1世の王墓へスター












王家の谷の中でも屈指の大きさの王墓で、階段が長く深く地下まで伸びていました。

階段を抜け玄室にたどりつくと、壁面の壮麗さと精巧さに息をのみました。

セティ1世の墓は天井に描かれた天体図が見どころの一つになっています。





この天体図にはイケム・セクという北の空の星々が描かれていました。
永遠の象徴として、地平線に沈むまず輝き続ける北極星とその周辺の星座を描いたそうです。

ちなみにこちらは、フンコロガシです!




古代エジプトではフンコロガシ(スカラベ)は、神聖な生き物とされていました

丸いフンを転がして運ぶ様子がさながら太陽の運行を司る神のようだと見られ、太陽神ケプリとして崇拝されていました。

ケプリは日の出=再生を象徴する太陽神の一形態でもあるため、こうして王墓にも盛んに描かれているそうです。















続きまして、クライマックスであるツタンカーメンの王墓へ!キラキラ







●ツタンカーメンについて

ツタンカーメンは、古代エジプト第18王朝のファラオ(在位: 紀元前1336年頃 - 紀元前1327年頃)。
より厳密な表記では、トゥトアンクアメン。
エジプト新王国時代、第18王朝末期の最後の直系王族である。若くして亡くなった悲劇の少年王として、また副葬品などがほとんど完全な形で発見された王として、エジプトのファラオの中で最も人々に親しまれている。

01相関図

※画像はお借りしました。



ツタンカーメンは8歳か9歳の時に即位した。
このため実権は、内政は親戚関係にある大臣であり、最終的に後継者となる宰相(摂政)アイ、外政においては将軍ホルエムヘブに握られていた。王妃は異母姉のアンケセナーメンであった。彼は9年 (10年)の治世、16 - 19歳 (18歳)の若さで亡くなった。
ツタンカーメンは在位期間の短さ、および後世の王名表などから名前が削除されていたことにより人々にほとんど知られていなかった。
しかし、1922年にハワード・カーターが、彼のパトロンであるカーナヴォン伯ジョージ・ハーバートによる資金援助で行われた発掘調査にて、ほぼ無傷なツタンカーメンの墓を発見し、世界中の注目を浴びたことでツタンカーメンは非常に有名になった。
5,000点以上の遺物が出土したことで古代エジプトへの関心が再び高まり、現在カイロ博物館に所蔵されているツタンカーメンのマスクは、今でも同館のシンボルの一つとなっている。








エジプト第18王朝初期より強大な権力を有したアメン神官団に対抗するべく、唯一神アテンを主神に据え、「宗教改革」を行った。
出生時の名前はアメンホテプであったが、在位4年後に当時国家神であったアメン神からアテン神への信仰変更のため、「アテン神に有益な者」を意味するアクエンアテンへと改名した。

ただこの宗教改革は失敗して、その後、それまでのアメン・ラーを中心とする多神教に戻り、父親とその直系であるツタンカーメンは、エジプト王国の歴史から抹消されてしまいます。

彼の死因は、「先天的な虚弱性疾患に加え、何らかの原因で落下したことによる脚の骨折、および重度のマラリア感染症を含む、複数の病気の併発による体の弱体化が重なった結果である可能性が高いと結論付け」られているようです。





何故、ツタンカーメンの名前が削除されたのかという点では、父親のアクエンアテンの宗教改革によるものだったようです。


02入口



ツタンカーメンの壁画。


03王



太陽神が冥界を旅する場面です。


04舟



本当に素晴らしい壁画です。

05壁画



いよいよミイラが置かれていた玄室に入ります。




1922年11月26日、ハワード・カーターは、援助者であるカーナヴォンと一緒にこちらにあった壁を破って中を覗きます。

カーナヴォン卿は、「何か見えるか?」とカーターに訊きます。カーターはしばらく黙して、「はい、とても素晴らしいもの」と答えたそうです。

玄室にツタンカーメンのミイラが置かれていました。

それなりに完全なミイラだったそうですが、様々に検査をしたためにかなり壊れてしまって、今は顔と足だけを出されて展示されていました。


(明るくしました。)
06ミイラ



こちらが棺が置かれていた玄室です。


(明るくしました。)

07棺



奥の正面の壁には、ミイラになったツタンカーメンに対して「口開けの儀式」がされています。
その儀式を行ったのは宰相のアイです。
彼はツタンカーメンの後のファラオになります。


(明るくしました。)

08口明けの儀式



その右側の人物が並んでいるレリーフは、ミイラになったツタンカーメンを運んでいる絵だそうです。
一番左の壁には、ヒヒが描かれていました。
冥界の(アム・ドゥアト)の書の1時間目が描かれています。
冥界の書には太陽神が冥界に沈み、10の時間を経て復活する様子が描かれているようです。


09壁画



こちらのツタンカーメンの王墓を始め、王家の谷の内部の観光は現地ガイドさんは入ることが出来ず、事前に説明があっただけで、実際のものを見ながらの案内がなかったので、なかなか理解するのが難しいなと思いました注意
加えてフラッシュ禁止で撮影していたので、条件合わせが上手くゆかず、あまり良いお写真が撮れなかったのがちょっと悔やまれます悲しい

・・しかし、貴重な体験が出来て本当に良かったですラブラブ






一通り見学した後、朝9時の時点でこの人集(だか)り注意
早朝以降、特にお昼から更に大混雑するそうです満満満








王家の谷には、実に数多くのファラオの王墓がありました乙女のトキメキ

なかでも最も有名で世界を驚かせたのが、やはりツタンカーメンの王墓でしょう星

1922年イギリスの考古学者ハワード・カーターによって発見されたツタンカーメンの墓地は、王家の谷にある他の王墓が盗掘の被害を受けていたにもかかわらず、ツタンカーメンの墓だけは盗掘の被害を全く受けておらず2千点以上にも及ぶ副葬品が完全な状態で遺されていたそうですまじかるクラウンゆめみる宝石乙女のトキメキ

王墓で見つかった黄金のマスクは世界で最も有名な至宝の一つとなり、世界中の人々を今も魅了し続けていますキラキラ

ツタンカーメンの王墓で発見された副葬品は現在、カイロのエジプト考古学博物館に展示されています注意




王家の谷では、有名なツタンカーメン王墓から、トトメス1世や3世、ラムセス1世から10世の王墓、アメンヘテプ2世、ハトシェプト女王などの王墓を見学出来ました!

かつて世界唯一の超大国として栄えた古代エジプト王国の最高権力者であるファラオたちが、最後に求めた永遠の住処・・

19世紀から学術的な発掘はされていましたが、今でも手付かずの王墓や秘宝が沢山眠っているそうです秘密

数世代にわたる数々の王や家族、側近達の眠る聖なる墓群は、壮大な歴史ロマンを感じました赤薔薇





次の目的地へと向かいますバスDASH!キラキラ