外部から見えないように作られた裏玄関は屋敷の別邸側にある。
敷地内まで車両が大型車も含め数台入れるようになっていた。
高い竹垣に囲まれているがこれは何かあった時のための目隠しのようなものだ。
何かあった時に役に立つの。例えば今日みたいな状況の時も。
車で戻った私達を急いで駆けつけてくれたパクヨンハ先生とドンヘやシンドンなど側近の部下達が待っていた。
急いで自宅から来たのか白いロンTに革ジャン、青いストールという私服姿のヨンハ先生。思わずそのかっこよさに見とれてしまったけど不謹慎だと思った。今はそれどころじゃない。全身に怪我をしたユノ坊っちゃんと意識を失った正体不明の少年。一刻を争う事態だった。
激しい雨と風が吹きつける中車を降りるとユノ坊ちゃんがあの少年を抱き抱えた。
額とシャツに滲む血が痛々しい。ソクチョンやミルが声をかける間もなく行ってしまった。
「ちょっと坊ちゃん!!ユノ坊ちゃん!!」はっ早い。走ってる。どこにあんな体力が。体力おばけなんだからっ!!無理しちゃダメなのに!!
「若崖から落ちたって」ドンヘとシンドンが顔を見合せる。皆驚き呆然としながら慌ててその後を追いかけてゆく。
「ソクチョンさんどうやらユノは大丈夫そうだよ」ユチョン坊ちゃんが苦笑いした。
「みたいですが無理だけしないでほしいです。長い時間海の中にいたようですから」
さっき少し触れた身体が氷のように冷たくなっていることに気づいた。
「あの子も心配だ。大丈夫かな。テプンも心配そうだ。」びしょ濡れになった身体をブルブル振りながらワンとテプンがユチョンに答えた。
「崖から落ちる前に意識を失った。海水をかなり飲んでる。恐らく30分ほど海の中にいた。」
「生きてるようだなユノこの患者を先に診よう。急いで二人を中へ運んでくれ。」
ぐったりと青ざめた少年の様子を見て脈を取りながらヨンハ先生が指示を出す。
「お前も怪我人だ。CT撮るぞ。大人しくベッドで待ってろ」
聖マリア病院の副医院長で外科医として韓国でも指折りのスペシャリストとして知られている。
先々代が聖マリア病院の院長をある事件から救ったことで家族のように親しくなりそのご縁から今も深くお世話になっている。
現医院長の息子さんでユノ坊っちゃんもユチョン坊ちゃんも小さい頃から知っていていつの間にか幼馴染のような関係になり仲が良い。
2人の家庭教師などもしてくれていた。こうした非常事態には来ていただいたり、病院の裏にも秘密の施設があり繫がっていて治療をしていただいてる。聖マリア病院は財界や経済界、芸能、警察組織などからの信頼も大きく太いパイプで繋がっている。
だが東虎会との関係を知るものはいない。それは両者にとって好都合でもある。
つまりは家族のように堅い絆「仁義」で結ばれた大切なビジネスパートナーといった方がいいかしら。
別邸には客室でありながら病院のようにベッドと処置室が一緒になった大きな部屋がある。
中はドアで二つに仕切られて公にできない何かがあった時ここで簡単な治療は行えるようにしている。
私達の世界では様々な理由で民間の病院にお世話になれない理由がある。
大きな声では言えないけどある程度の器具や手術道具、麻酔なども合法ではないがここには置かれている。
ヨンハはまず少年の治療を隣室で行った。人手が足りないので看護師資格も持っているミルや簡単なことはユチョンが手伝っていた。
「正気ですか坊ちゃん!!何を考えてるんですか!!」私は耳を疑って聞き直した。
背中の止血をしながら事の次第を聞いてみるとユノ坊ちゃんが表情変えずにあの崖から落ちたと話した。テプンの様子でなんとなくまさかの事態を予想していたけど本当に落ちたなんて。
「何でそんなことになったんですか?あの崖に近づくなんて!!しかも今日という日に…私はもしかしたらと…」
はっとして言いかけてやめた。それは禁句だ。
「ソクチョン…、あの崖から身を投げたのはあのガキだ。勘違いするな。」
私が心配していたことを払拭するようにこちらを真っすぐな瞳で見つめた。
最初崖に行ったときまさかユノ坊っちゃんが…と考えた自分を反省した。
ユノ坊ちゃんには何でもお見通しだ。
「助けるためにあの崖に飛び込んだんですか?」
答えないということはYESだと思った。
「無茶しないでください。死にたい人間を助けるために自分まで死んだら元も子もないじゃないですか。ユノ坊ちゃんに何かあったら東虎会や私は…。ところであの子はどこの子なんですか?名前は?あの人見知りのテプンがかなり懐いてましたけど知り合いですか?」屋敷に戻るまでにテプンが鼻をくんくん鳴らしながら心配そうにあの少年の側から離れなかった。
「テプンとも俺とも面識はないはずだ。あいつのことは部下に調べさせている。」
「わかりました。それより怪我は大丈夫ですか?」
血が滲み体中の広範囲に渡って切り傷や擦り傷、打撲のような痕があり痛痛しい。
「たいしたことはない。」と涼しい顔で云うもんだからため息をついた。
「痛いときは痛いと言って下さいよ。」昔から弱音を吐かない性格は今も変らない。
「ユノ待たせたな。すぐ縫合しよう。」
ドアが開きベッドにやってくるとさっきてまは違い白衣に聴診器を頸にかけたヨンハ先生が私に軽く頭を下げた。
「あの子の怪我はどうですか?大丈夫ですか?」
「大丈夫です。全身に小さな傷や打撲の痕はありますが頭を打ったり骨折など大きな怪我はないです。大きくて頑丈な虎にでも守ってもらったのかあの崖から落ちたと聞いたのに奇跡としか思えません。今ユチョンに付き添っててもらってます。」
ヨンハ先生がユノ坊っちゃんを見ながら言った。
大きくて頑丈な虎は無表情のまま聞いている。
「ただ意識がなかなか戻らなくて。どうやら薬を飲んだようです。」
「薬?」
「恐らく睡眠薬か何かでしょう。胃洗浄も念のため今行いました。」
「何でまたそんな…」
「確実に死ねるように用意してたようです。彼は本気で死ぬ準備をしてたようですね。」
笑顔が消えたヨンハの言葉にソクチョンは言葉を失った。
そして思わずユノを見たが雨がぶつかるように降り続く窓の外を遠く見つめていた。
「ユノ…あの子どこで拾ってきたんだ?高校生くらいだろう?」
「テプンの散歩してたら崖に立ってたんだ。名前も理由も知らない。」
「この天気の中でか」ヨンハも窓の外を見つめた。あんな若い子がわざわざここまで来て何故?という疑問を皆が持っていた。
「そんなことより早く手当てしてくれ」
「麻酔なしで縫ってやる。覚悟しろ。お前は無茶するからそれぐらいがちょうどいい。
いやこの背中の傷の耳のところをリボンのように可愛くデコって縫ってやろうか。可愛い睨みの虎の出来上がりだ。」お茶目に微笑ながら画家のように片目を瞑り構図を確認するような仕草をする。
「…ふざけるな。真剣にやってくれ。」
こんな状況でも兄弟のようにじゃれ合う二人に思わずソクチョンも微笑む。
「どんな理由があってももう二度とこんなことはするな。
頭蓋骨折、頭部挫傷、内臓破裂、全身打撲、頚椎損傷…死んでもおかしくない上に生存していてもリスクは高い。
自分の幸運と頑丈な身体に感謝しろ。まったく何でこんなことになったんだ?」
「わからない。気づいたらあいつの腕を掴んでた。それだけだ。」
「ユノ坊ちゃん」
「この辺りの地形や潮の流れをどんなに理解していてもお前が一番あの崖も危険性をわかってるはずだろう?
それにこんな嵐の日に海に飛び込むこと自体命知らずな行為だ。お前いつか死ぬぞ?」ヨンハが真剣な表情でユノに言った。
「いつ死んでもかまわないと思ってるし死ぬことは怖くない。
でももし俺が死にたいとしてもヨンハ兄が助けてくれるんだろ?」
「…こいつ憎たらしい奴…。なぜ俺は天才外科医なんだろう。」ヨンハはため息をついた。
元気なようでも頭や全身を強く打ってたユノ坊ちゃんは翌日念の為病院での精密検査を受けるように言われた。
隣の部屋を覗くと横たわる少年の横顔が見えた。
「頑張りなさい。何があったかわからないけど今は生きるのよ」心の中でソクチョンは声を掛け続けた。
「今日はありがとうございました。天気まだ荒れるみたいなので気をつけて下さい」
私は傘を差しながら急遽病院に呼び出されて向かうというヨンハ先生を見送る。本当はご飯を食べていって欲しかったけど仕方ないわね。
「ユノが崖から落ちたと聞いた時は心臓が止まるかと思いました。でも理由を知ってさらに驚きました。」
「ですね。私もびっくりしました。いい意味でも悪い意味でも。」
「ユノあいつは心臓に悪い奴です。気をつけて下さい。」
「小さい頃から驚かされてばかりです。」
2人でうなづいて笑いあった。
「あいつがああまでもしてあの子を助けた気持ちは何となくわかります。」
ソクチョンはヨンハの言いたいことがわかった。自分も同じ気持ちだった。
「あの子の体調に何かあればすぐに俺に連絡してください。少し栄養失調気味のようでしたから点滴してますが目覚めたら美味しいごはん沢山食べさせてあげてください。それが生きるという気力に繋がるように」
「わかりました!!任せてください!!」
私は胸をバンバン力強く叩いた。
「ユノには明日絶対俺の所へ来るように再度お願いします。ホンさんの言うことは聞くと思うので。ではまた。」
さわやかな笑顔で自分の車に乗り込むと雨の中走り去った。
それを見送りながら私は全身の力が抜けて倒れこんだ。
「大丈夫ですか?ホンさん!!」
「微笑王子…破壊力がいつ見ても凄まじいわ…」
頬を赤らめ携帯を握りしめている。そのストラップには白衣を着た笑顔のヨンハが写っていた。
「それはヨンハ先生ですか!?」ミルが大きな体を縮めて目を凝らして見た。
「私設ファンクラブのグッズよ♡」
「えっパク先生ファンクラブがあるんですか!!」
「知らないの?有名よ。私会員番号2番なの。」
立ち上がると腰に手をあてた私を唖然と見上げるミル。
「2番てガチのファンじゃないですか!!」
「さっ!!仕込みするわよ!!ユノ坊ちゃんとあの子に美味しいもの食べて元気になってもらわないと!!」
雷が鳴り激しく雨がなる中ピンクの花柄の傘を空に突き上げて気合いを入れた。
6月30日でパクヨンハさんが亡くなられて10年となりました。
今年も大好きなお兄さんにジェジュンは会いに行けたようでよかった。
そう思いながらジェジュンはもしかしたら何でもない日でもヨンハさんに何度も会いに行ってるのではと思いました。
花束を持って。
あの優しい笑顔でジェジュンを。みんなを見守ってくれてるはず。
ジェジュンの心の中にも。ファンの皆さんの心の中にもずっと生き続けている。
パクヨンハさんへ想いを込めて。
画像お借りしました。ありがとうございます。