はじめに

年始に報じられたアメリカによるベネズエラへの攻撃は、
単なる地域紛争でも、突発的な軍事行動でもない。

この出来事は、
石油に縛られてきた国家の歴史、
大国間競争の構造、
そして「力の使われ方」そのものが変化しつつある現実を、
一つの点に凝縮して示している。

この行動を
「偶発的な事件」や「一時的な例外」としてではなく、
長い歴史と構造の延長線上で必然的に起きた現象として読み解く。
焦点となるのは、戦争の是非ではない。
なぜ外交や制裁ではなく、
“戦争と呼ばれない直接行動”が選ばれる局面に至ったのか
である。

 

ベネズエラの歴史と石油― なぜこの国は、常に大国の関心の的になるのか

ベネズエラという国家の運命を決定づけてきたのは、石油である。
そして重要なのは、この石油産業が最初からベネズエラ単独で成立したものではないという事実だ。

20世紀初頭、ベネズエラの石油産業を事実上つくり上げたのは、
アメリカを中心とする外国石油企業だった。

油田の探査、掘削技術、精製工場、
パイプライン、港湾、輸出インフラ。
それらは当時のベネズエラ国内には存在せず、
外資による投資と技術移転によって初めて整備された。

特に重質油が集中するオリノコ・ベルトでは、
高度な掘削・改質技術、
大規模な精製・輸送設備が不可欠だった。

これらは単なる「地下資源」ではない。
企業がリスクを取り、資本と技術を投じて初めて成立した産業資産だった。

この時代、

  • ベネズエラは税収・雇用・インフラを得た

  • アメリカ企業は石油供給と利益を得た

という相互依存関係が成立していた。

国有化という転換点 ―「主権回復」と「資産接収」

1970年代、ベネズエラは石油の国有化に踏み切る。
公式には「国民の資源を取り戻す主権回復」と説明された。

しかし、現実に起きたのは
所有権の書き換えにとどまらない、大規模な実物資産の移転だった。

油田、精製工場、
パイプライン、港湾施設、
輸出ターミナル。

それらは、外国企業が建設・運営してきた設備であり、
国有化によって国家(PDVSA)の管理下に置かれた

ベネズエラ側から見れば「合法的な国有化」だが、
アメリカ企業側から見れば、
投資と技術の成果が一方的に奪われた形でもあった。

この認識のズレは、
のちの外交関係に深い溝を残すことになる。

国有化後の現実 ― 設備はあるが、維持できない

国有化後、石油産業を担ったのが
国営企業 PDVSA である。

しかし、

  • 設備の維持

  • 技術更新

  • 人材育成

は、次第に後回しにされていった。

石油収入は政治目的や社会政策に優先的に使われ、
産業としての持続性は削られていく。

重要なのは、
設備は残ったが、それを高度に運用する能力が失われていった点だ。

この時点で、
ベネズエラの石油産業は
「新たに価値を生む産業」ではなく、
既存設備を消費する産業へと変質していた。

中国の登場 ― 設備を「使う」ための資金と技術

ここで登場するのが 中国 である。

中国は、
アメリカ企業が築き、
国有化で国家が取得した
油田・精製施設・パイプライン・港湾設備を前提に関与した。

中国が提供したのは、

  • 石油担保融資

  • 設備を動かし続けるための運転資金

  • 既存設備を使うための実務的技術

である。

それは、
アメリカがかつて行った
「産業を一から構築する投資」ではない。

すでにある設備を止めないための支援だった。

その見返りとして、

  • 外国企業の権益比率は縮小

  • 利益配分は国家・中国側に寄せられ

  • 石油は中国向けに優先的に供給

されるようになる。

つまり、
アメリカ企業が築いた設備を、
国有化後に中国と共に利用する構造
が成立した。

なぜベネズエラは大国の標的になり続けるのか

ここまでの流れを整理すると、
ベネズエラが常に大国の関心を集める理由は明確になる。

  • 石油という戦略資源

  • 外国企業が築いた巨大設備

  • 国有化による資産移転

  • その設備を使った別の大国との連携

これは単なる政治問題ではない。
資本・技術・主権・地政学が交差する構造問題である。

ベネズエラは、
石油によって自立しようとしたが、
同時に石油によって
常に外部の力を引き寄せる国になった。

 

 

ここまで見てきたように、ベネズエラの石油産業は
「ベネズエラの地下資源」という単純な話ではない。

それは、
アメリカ企業が資本と技術で構築し、
国有化によって国家が引き継ぎ、
その既存設備を使って中国が資金と実務で関与する、
多層的な“国際資産となっていった。

この過程で起きたのは、
単なる政権交代や外交方針の変更ではない。

誰が資源を所有するのか
誰が設備を使い、利益を得るのか
どの国の秩序に組み込まれるのか

という、極めて現実的で不可逆的な問いだった。

ベネズエラは、自ら選んで中国に接近したように見える。
しかし実際には、
アメリカ主導の秩序から押し出され、
残された選択肢の中で最も現実的な相手として
中国を選ばざるを得なかった、という側面が強い。

そしてこの瞬間から、
ベネズエラの問題は
一国の内政や資源政策ではなく、
アメリカと中国という二つの大国の力が直接ぶつかる舞台へと変わった。

 

 

さらに近年は、石油だけでなく、フェンタニルを中心とする越境犯罪ネットワークが「国内安全保障」の問題として重なり、意思決定を加速させる要因になっている。

 

次の第2部では、
この石油国家がどのようにして
アメリカと決定的に距離を取り、
その空白を中国が埋めていったのかを、
「選択」ではなく「構造」の問題として掘り下げていく。



中国・アメリカ・ベネズエラ ― この国は「選んだ」のか、「選ばされた」のか

ベネズエラの石油産業は
「自国資源をどう使うか」という内政問題を超え、
アメリカが築いた設備を、国有化を経て、中国と利用する構造へと変質していった。

この時点で、ベネズエラの石油は
単なるエネルギー資源ではなく、
大国間の力関係そのものが投影される政治資産になっていた。

そしてこの構造が、
アメリカと中国という二つの大国を、
避けがたくこの国に引き寄せていく。

アメリカは「敵国」ではなく「秩序から逸脱した国」と見た

まず、
アメリカの立場から整理する必要がある。

アメリカにとってベネズエラは、
軍事的に排除すべき敵国ではなかった。

地理的にも近く、
長年にわたり石油供給国であり、
アメリカ企業が油田・精製施設・パイプライン・港湾を
自らの投資と技術で構築してきた国である。

だからこそ、
軍事介入は最初から選択肢の中心にはなかった。

アメリカが選んだのは「制裁」だった。

制裁は、
・段階的に強化・緩和できる
・同盟国と足並みを揃えやすい
・軍事衝突に比べて正当化しやすい

という点で、
最も合理的な圧力手段だった。

アメリカの目的は、
ベネズエラを「破壊する」ことではない。
自国主導の秩序に引き戻すことだった。

しかし、この選択は同時に、
重大な副作用を生む。

制裁は「中国に向かう通路」も同時に開いた

制裁によって、
ベネズエラは
アメリカ主導の金融・貿易システムから締め出された。

結果として、
輸出先・資金調達先は急速に限定される。

この空白に入ったのが
中国だった。

ここで重要なのは、
中国の行動を「価値観」や「政治的連帯」で理解しないことだ。

中国が見ていたのは、
民主主義でも反米でもない。
金融と資源の合理性である。

中国は「救った」のではなく「計算した」

中国にとって魅力的だったのは、
ベネズエラが石油を持っていること以上に、
すでに石油を生産・輸出できる設備を持っていたことだった。

それらの設備は、
アメリカ企業が築き、
国有化によって国家が取得したものだ。

中国は、
それを一から作る必要がなかった。

必要だったのは、
・設備を止めないための資金
・最低限の生産を維持する技術
・石油で回収できる金融設計

だった。

中国が提供した融資の多くは、
石油担保融資である。

返済は現金ではなく、
将来の石油供給で行われる。

これは中国側から見れば、
・通貨危機の影響を受けにくい
・財政破綻リスクを回避できる
・供給が止まれば条件を再交渉できる

極めて低リスクな取引だった。

中国はベネズエラを信用したのではない。
石油という物理的資源を担保にしただけである。

数字が示す「事実上の中国依存」

この合理性の結果、
ベネズエラの石油の流れは明確に変わった。

近年のベネズエラの原油生産量は、
日量およそ 90〜100万バレル規模で推移している。

そのうち輸出される原油の約8割が中国向けと推計され、
日量 60〜75万バレル前後
中国市場に流れている。

これは政治的スローガンではない。
物流と契約が示す現実である。

アメリカの制裁は、
ベネズエラ経済を弱体化させた。
同時に、
中国にとって最も参入しやすい環境を作り出した。

追い込まれたのは、どちらだったのか

ここで皮肉が生まれる。

アメリカは、
秩序に戻すために制裁を使った。
しかし制裁の結果、
アメリカ企業が築いた設備は、
中国向けの石油供給に使われ続けている。

制裁を緩めれば、
中国の影響力を容認することになる。
制裁を続ければ、
ベネズエラはさらに中国に依存する。

こうしてアメリカは、
自ら選んだ制裁という手段によって、
次の選択肢を狭められていく

この行き詰まりこそが、
次章で扱う
「制裁でも外交でもない、
別のやり方」へとつながっていく。

ベネズエラは、
中国を選んだように見える。
だが実際には、
大国同士の合理性が交差する地点に押し出された
と言った方が正確だろう。

 

そして、その「別のやり方」を押し上げたのが、石油ではなく米国内の問題として燃え上がったフェンタニル危機である。制裁や外交が“外”に向けた手段だとすれば、フェンタニルは“内”から国家を削る問題であり、米国にとっては公衆衛生ではなく安全保障として扱われやすい。ここでベネズエラは、資源国家というより、越境ネットワークが通過し得る「空間」として再定義されていく。



なぜアメリカは「攻撃」を選んだのか― 制裁と外交が機能しなくなった後の意思決定

年始に報じられたアメリカによるベネズエラへの行動は、多くの人にとって唐突に映ったかもしれない。だが、報道されている内容は「単なる軍事衝突」というより、米国側が麻薬・武器関連容疑での拘束(逮捕)を含む“法執行”として説明する特殊作戦の性格を帯びている。実際、マドゥロ氏が米国で薬物・武器関連の容疑で裁判にかけられる見通しが報じられている。 ガーディアン+2AP News+2

この出来事を衝動や偶発として捉えると、原因が見えない。むしろ第1部・第2部で整理した「石油回路」と「制裁の行き詰まり」を前提にすると、これは選択肢が一つずつ消えていった末に残された、限定的な直接行動として理解できる。

1) 制裁は「失敗」ではなく「行き詰まり」だった

アメリカは長年、軍事介入よりも制裁を選んできた。制裁は、段階的に強化・緩和でき、同盟国と足並みを揃えやすく、戦争より正当化しやすい。実際、米財務省OFACや米国務省は、ベネズエラ関連制裁の枠組み(政府・PDVSA・各セクターへの制限)を明確に整理している。 外国資産管理局+2アメリカ合衆国国務省+2

しかし、ここで起きたのは「制裁が効かなかった」という単純な話ではない。制裁は本来、相手の行動を変えさせるための道具だが、現実には輸出回路が再編され、石油は中国へ(直接・迂回を含めて)流れ続けた。たとえば2025年11月のベネズエラ輸出は日量約92万〜95万バレル規模で、その約80%が中国向け(直接・間接)という推計が報じられている。 Reuters+1

この段階で、制裁を続けることは「現状維持」ではなく、中国依存を固定化させる“結果の追認”になり得る。しかも制裁を強めるほど、ベネズエラ側は既存の仲介・迂回ルートを深化させる(過去に同様の圧力で“中間業者を通じた対中販売”が増えた)ことも報じられている。 Reuters

2) 外交交渉の余地が細った理由

外交は常に選択肢として残るが、交渉は「双方が失うものを持つ」ときに成立しやすい。制裁下で輸出先・資金回路が中国へ偏れば偏るほど、ベネズエラ側の交渉カードは減り、米国側も「制裁解除=中国影響圏の追認」に近づくというジレンマに陥る。

つまり、米国から見ると、

  • 制裁を続けても構造は変わりにくい

  • 制裁を緩めると中国回路を黙認する形になる

という詰みに近い局面が生まれる。

この「詰み」が、第3部の核心だ。米国の問題は「ベネズエラをどう評価するか」ではなく、“何もしないことが最も不利になる局面”が到来したという点にある。

3) 焦点は石油だけでなく「国内安全保障」に寄った

ここにもう一つの軸が重なる。フェンタニルを中心とした合成オピオイド危機である。米国の薬物過剰摂取死は近年減少局面にあるという発表もあるが、依然として大規模で、政策上の優先度は高い。CDCは過剰摂取死の推計・速報値を公表し続けている。 CDC+1

重要なのは、これが外交問題ではなく、**国内の治安・公衆衛生・政治と直結する“安全保障的課題”**として扱われやすいことだ。国家(相手国政府)を交渉で動かす以前に、越境犯罪ネットワークは国家の枠外で動き、抑止も効きにくい。

この文脈では、ベネズエラは「反米国家」だから危険なのではない。越境犯罪ネットワークが活動可能な“空間”として扱われる。そして米国が取り得る手段は、制裁や声明よりも、**回路遮断(物流・資金・拠点・人脈の切断)**へと傾きやすい。

4) なぜ「戦争」ではなく「法執行/秩序維持」になったのか

今回の行動が「戦争ではない言葉」で語られるのは偶然ではない。報道では、作戦の結果としてマドゥロ氏が拘束され、麻薬・武器関連の容疑で起訴・出廷する流れが伝えられている。 ガーディアン+2AP News+2

この枠組みに乗せると、米国の意思決定はこう整理できる。

  • 宣戦布告や大規模侵攻ではない(政治コストが跳ね上がる)

  • しかし “法執行”としてなら正当化しやすい

  • 短時間で既成事実を作り、反応コストを相手に押しつけられる

そして直前段階として、米国がカリブ海での密輸船対処や、制裁執行の一環としてタンカー拿捕を進め、圧力を段階的に上げていたことも報じられている。これは「いきなり戦争に飛んだ」のではなく、

制裁(金融)→海上(物流)→陸上(拠点)へと圧力の位相が移っていった構図を示す。 Reuters+2Reuters+2

5) “前例”として残るもの

この行動が成功したかどうかは、短期では測れない。だが、より本質的なのは、このやり方が現実に成立してしまったという事実だ。各国の反応や議論が起きていること、作戦の法的正当性をめぐる批判が出ていること自体が、これを単なる事件ではなく「前例」として扱っている。 ABC+1

ここで米国が“確認したかったこと”を一言でまとめるなら、こうなる。

制裁でも外交でもない方法が、まだ使えるのか。

少なくとも一度、その答えが「Yes」に寄ってしまったことが、次の章(第4部)の議論――再演可能性(台湾・南シナ海・中東を含む)――へ直結する。

 

次は、この前例がどこで、どのように再演される可能性があるのかを、「石油(資源)」と「フェンタニル(国内安全保障化)」という二つの圧力が同時に働く条件として整理する。さらに、その再演がエネルギー、物流、金融のリスクを通じて世界、そして日本の日常にどのように波及するのかを考えていく。

この前例はどこで、どのように再演されるのか

――エネルギー・物流・経済を通じて世界と日本に起きること(2026)

前章で見た「戦争ではない直接行動」は、偶発的な“例外”ではなく、特定の条件が揃ったときに繰り返し選ばれ得る手段として世界に提示された。ポイントは、戦争が始まるかどうかではない。「戦争と呼ばれない形で、既成事実が積み上がる」という動き方が、現実に通用してしまったことである。 PBS+1

では、この型はどこで再演されるのか。結論から言えば、地域名よりも先に、再演条件を見たほうが正確になる。

1) 再演を引き起こす「3つの条件」

再演が起きやすいのは、次の条件が重なるときだ。

条件A:制裁が“相手の行動”を変えられない
制裁が効かないというより、回路が組み替えられてしまう局面である。ベネズエラの原油輸出が制裁下でも高水準で続き、対中(直接・間接)比率が大きいと報じられたことは、まさにこの「回路の生存」を示す。 Reuters+1

条件B:非国家主体(越境ネットワーク)が絡む
ここでフェンタニルが効いてくる。米国は2025年末、フェンタニルを“WMD(大量破壊兵器)”と位置付ける大統領措置を出しており、問題が「犯罪/公衆衛生」から「安全保障」の語彙へ寄る圧力が強い。 The White House+1
またDEAの脅威評価でも、フェンタニルを含む合成薬物を中心に、供給・密輸・流通が国家境界を越えてネットワーク化していることが示されている。 DEA

条件C:国内世論(治安・死者・国境)に直結する
国内の“体感被害”が強いほど、政府は「時間をかけた外交」より「短時間で成果に見える行動」を選びやすくなる。前章で整理した“法執行としての正当化”が効くのはこの局面だ。 PBS+1

※重要な注意点:ベネズエラがフェンタニル供給網の中核だ、という断定は現時点で慎重であるべきだ。UNODC(国連薬物犯罪事務所)の見取り図等から「南米が合成オピオイド供給網の中心ではない」とする見方もあり、政策言説と実態の間にズレがある可能性がある。 Cato Institute
ただし、“中核かどうか”とは別に、米国が「越境ネットワークの遮断」を安全保障の言語で押し出すなら、特定地域が“通過空間”として扱われるリスクは上がる。

2) 台湾・南シナ海・中東で「同じ型」になる度合い

あなたが挙げた3地域は、同じ地政学でも性質が違う。

台湾:最も重大だが「同じ型」にはなりにくい

台湾は国家間の抑止・同盟・軍事バランスが前面に出る。ここでの“前例”は、直接のテンプレというより、正当化の語彙(秩序維持・法執行)が他国にも輸出されうる、という意味で効く。Timeも、今回の動きが主権・介入の規範を揺らし、他地域での正当化に使われ得る点を指摘している。 TIME

南シナ海:再演されやすい(ただし“戦争未満”で)

南シナ海は、そもそも「戦争未満(グレーゾーン)」の舞台だ。ここで起きやすいのは、短期の上陸作戦や占領というより、拿捕・臨検・排除・法執行の名目による既成事実の積み上げである。海上交通の要衝である以上、緊張が高まるだけで保険・運賃・納期に跳ね返る。サプライチェーン分野の見通しでも、南シナ海の緊張が物流予測のリスク要因として挙げられている。 vizionapi.com+1

中東:最も“同じ型”が再演されやすい

中東は、非国家主体・代理勢力・海上交通(ホルムズ、紅海方面)という条件が揃いやすい。世界経済フォーラムのリスク報告でも、地政学的緊張がエネルギー・食料・インフレ・供給網に波及していることが示される。 World Economic Forum Reports+1
ここでは「制裁が効かない」「非国家主体が絡む」「国内世論が反応する」が同時に立ちやすく戦争ではない直接行動が繰り返される土壌がある。

3) 2026年に起きるのは「大戦争」より「摩耗の常態化」

2026年の懸念は、全面戦争そのものより、小さな“既成事実”が積み重なり、世界の運用コストが上がることだ。
供給網の側から見ると、紅海・パナマ・関税・主要海域緊張など、複合ショックを前提にした2026見通しが語られている。 vizionapi.com+1

この「摩耗」は、次の3つの経路で日常に入ってくる。

4) 波及① エネルギー:価格そのものより“供給の設計”が変わる

今回の件が象徴するのは、原油が単なる商品ではなく、政治資産として流路が組み替えられるという現実だ。Reutersは、米国主導の政変後にベネズエラ原油が中国から米国側へ戻り得る、という見立てを報じている(米湾岸の重質油需要との整合)。 Reuters+1
つまり、2026年に効いてくるのは「産油量」より、どの陣営の回路に組み込まれるかである。

5) 波及② 物流:運賃より“迂回”が常態になる

海上輸送は、リスクが高まるとまず保険料と運賃に出るが、より根は深い。迂回(航路変更)と遅延が常態化すると、在庫政策・納期・設備稼働率が変わり、最終的に物価へ波及する。これは中東(紅海方面)でも、南シナ海でも起き得る「世界のコスト上昇」だ。 S&P Global+1

6) 波及③ 経済:金利や株価より“投資の前提”が変わる

企業は投資判断で「地政学プレミアム」を織り込むようになる。
どの国の規制に従うか、どの決済網を使うか、どの保険が使えるか――この“前提条件”が不安定になるほど、設備投資は慎重になり、成長率はじわじわ削られる。世界の不確実性が経済の見通しを曇らせる、という整理はリスクレポートでも繰り返し指摘される。 S&P Global+1

7) 日本の立場:当事者ではなく「影響圏の国」として

日本は、ベネズエラの当事者ではない。だが、エネルギー・物流・金融・同盟のいずれでも影響圏にある。だから重要なのは「どちらにつくか」ではなく、世界が“戦争でない形”で動く時代に入ったという前提を冷静に受け入れることだ。

この前提を誤ると、判断を誤る。石油だけを見れば、状況は読めない。逆にフェンタニルだけを見れば、資源と回路の問題を見落とす。
そして両者が交差する地点では、外交・制裁だけでなく、“法執行”という名の直接行動が選択肢になってしまう――それが、2026年に向けた最も現実的な懸念である。 The White House+2DEA+2

結論

ベネズエラで起きたことは、石油の争奪だけでも、麻薬戦争だけでもない。
制裁と外交が効かない世界で、秩序維持の名の下に“戦争でない力”が既成事実を作る。その前例が、海域(南シナ海)にも、代理勢力の地域(中東)にも、そして米国内問題と結びつく領域(越境犯罪)にも、再演可能性を持ってしまった。 vizionapi.com+2PBS+2



補論①|フェンタニル

フェンタニル(Fentanyl)は、医療用鎮痛剤として開発された合成オピオイドで、モルヒネの約50〜100倍の鎮痛作用を持つ。一方で、極めて少量でも致死性が高く、近年は違法に製造・流通したフェンタニルが米国の薬物過剰摂取死の主因となっている。

重要なのは、フェンタニル問題が「麻薬犯罪」や「公衆衛生」にとどまらず、国家安全保障の文脈で扱われ始めている点である。合成麻薬は原料調達・製造・輸送・販売が分業化され、国家の統治が及びにくい越境ネットワークによって動く。抑止や交渉が成立しにくく、制裁も効きにくい。

このため米国では、フェンタニルを「非国家主体による非対称的脅威」と位置づけ、供給回路そのものを遮断する行動が正当化されやすい状況が生まれている。本編で述べた「戦争ではない直接行動」は、こうした安全保障認識と深く結びついている。

補論②|ベネズエラ→中米→米国

フェンタニルの“闇の物流回路”

 

図の読み方(キャプション)

この図は、フェンタニルを含む合成麻薬が単一国家ではなく、複数の地域と主体をまたいで流通する「回路」として成立していることを示している。

  1. 供給・集積段階
     合成麻薬の原料や中間生成物は、複数地域から調達され、南米・カリブ海沿岸部など統治の緩い地域で集積される。

  2. 中継・分散段階
     中米・カリブ海を経由し、小型船舶、民間航空、陸路など多様な手段で分散輸送される。ここでは国家間の正式物流ではなく、非公式・非可視のルートが使われる。

  3. 流入・国内拡散段階
     最終的に米国内へ流入し、都市部・地方を問わず販売網に組み込まれる。末端は小規模だが、全体としては巨大なネットワークを形成する。

この回路の特徴は、

  • 特定の国家を叩いても完全には止まらない

  • 金融制裁や外交圧力が効きにくい

  • 物流・人流・資金流が絡み合っている

点にある。
そのため米国の安全保障ドクトリンでは、「国家」ではなく「回路」そのものを脅威と見なす発想が強まり、本編で扱ったような「法執行」「秩序維持」という名目の直接行動が選択肢に浮上しやすくなる。

 

ベネズエラで起きたことは、
石油の話では終わらない
それは、経済と安全保障が交差する地点で、
世界の動き方が静かに更新された瞬間だった

 

 

 

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回もお楽しみにパー

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