人の幸せは自分の幸せ。
人を幸せにしたい。


この言葉は時々チープに見える。そもそもチープという表現が正しいかは僕自身分からない。
仮に、
誰かを幸せにすること=自分の最上級の幸せ
だとしても、そんなお人好しがいるとは思えない。その幸せの裏には、優越感・達成感のような自分主体の考えが潜んでると思う。自分が苦痛になることで幸せになる人もいるはずで、そんな可能性を一ミリも考えてないのでは、と僕は疑ってしまう。
「自分が頑張ったから、幸せになった。」
という感情が先行しているはずなのに、あたかも「そんなことは、ありません。人の幸せが自分の幸せです。」みたいな顔をして喋る。

それが無性に腹がたつ。自分が上手く喋れないことから来る嫉妬心の表れなのかもしれないが、無性に腹が立ってしまう。

結局は自分が幸せに生きたいから。
生きた実感が欲しいから。
くっそ楽しい人生がいいから。
結局最終的には自分のためでしかないと思うんだ。

まぁ世の中広いから色んな人いるかも知れないけど。
久しぶりに書いてみた。


考え過ぎると思考停止することがある。
それを過ぎると、ふとした瞬間に頭にすっと入ってくるものがある。そんな気がする。


ESは何となく歌詞に近いものの気がした。
何かしらテーマを設定して、それについて思考を凝らして表現する。テーマに対して直接的な表現をしたり、物語性を持たせたりと、その方法は人様々である。そこに自分なりの色が出る。

また、歌詞にはある種の文字数制限がある。だから何度も校正する。
何度も繰り返して、やっと自分なりに完成したものが出来る。
中途半端に作るものは語呂が悪くなっていたり、伝わりづらくなっていたり、何処かしらに表れてくる。
ESもそうやって考えれば、何となく頑張れる気がした。

とあるコンペに一人で出してみたのですが、結果はダメでした。結果は結果なので、気になったことを書き留めておこうと思います。

・どれだけ真剣になれるか。
今回、一人でアイディア出し・企画書作りなんてやりましたが、あまりに集中出来ていなかったこと。真剣に商品と向き合わなければ、良いプランを作りたいという思考回路にならないと思った。真剣でなければ、何処かしら投げやりな部分が絶対に出てきてしまうから、今後は気をつけたい。


・シンプルであること
今のところファイナリストの作品を見ると、だいたいはテーマ?コンセプト?がシンプル。「あぁ~こういうのねー」「それ、良い!」みたいに直感的に分かるぐらいシンプル。何を作るにしても、複雑なものだと誰も理解してくれないような気がした。
ゲームでもそうだけど、設定がいっぱいありすぎるとよく分からなくなるよね。大きな設定は単純なものがいい。自分が勇者とか、ハーレムな主人公とか。でも小さな設定に深さも必要だと思ったり。

まぁそんな感じのこと思った。


ホントに人とのコミュニケーションは難しい。コミュ力なんか分からない。その人と自分の一番いい距離を簡単に掴めたらどれだけ楽なことか。取り敢えず自分が真剣になって、他人事を自分事にして動かなきゃいけないのかなと思いました。
頑張ります。