紹興酒とワイン
私はお酒が大好きです。ビールや日本酒、ワイン、焼酎などの一般的なものは勿論、各種リキュール類、爬虫類や蟻、鹿の角などを漬け込んだ薬酒の類まで、これまで様々なお酒を飲む機会がありました。
若い時に友人達と「ジン」を飲みすぎて色々と辛い思いをして以来、唯一ジンの香りだけはトラウマとなってしまいましたが、それ以外の一般的なお酒には基本抵抗がありません。
今回の帰国時に寄ったバー。ジンベースのカクテルは苦手ですが、たまにはバーも楽しいです。赴任先の天台山にはもちろんバーはありません(泣)
日本酒もワインもウィスキーも好きですが、中国のお酒「紹興酒」も大好きで、以前は毎日のように飲んでいた時期もありました。
紹興酒とは主原料であるもち米に「麦曲」(麦麹)などを加えて醸した黄酒(中国では穀類を原料に麴菌で醸造したお酒をまとまて「黄酒」と呼びます)の一種で、日本酒やワインと同じ醸造酒の仲間です。
日本での取り扱いの歴史はそれなりに長いものの、一般的にはいまだに中華料理店以外では飲む機会が無い、どちらかといえばマイナーな部類のお酒だと思います。同じ外国の醸造酒であるワインに比べると、その存在感の薄さは歴然です。
東京のスーパーや酒販店では「塔牌」というブランドの紹興酒が一番入手しやすい印象です。ワインのように堂々とは陳列されていません。お酒コーナーの隅っこの方にひっそりと置いてあるのでよく探してみてください。
別にワインを敵視している訳ではなかったのですが、もう何年も前にある料理人の友人から「紹興酒ばっかり飲んでないでワインの勉強もするべきだ!」と言われたことがありました。
私は素直になれず、「そっちこそ中国の酒の味も知らんうちから西洋の酒の勉強なんぞしおって!中華料理人はまずは中国の酒からだろ」と彼の助言を聞かなかったという思い出があります。あの時一念発起して本気でワインの勉強をしていたら、今ごろ白衣にソムリエバッヂを付けれていたかも知れません(笑)
実はこの10年くらいで中国料理人の間でも、ワインスクールなどに通ってワインの知識を身につけようとする人が増えてきています。
東京のレストランでは料理ジャンルを問わず、ワインは商売上必要不可欠なアイテムで、料理人もその商品知識を勉強することが年々重要になってきているのです。
実際、以前私が料理長を務めていた東京のお店でも、紹興酒に比べたらワインの方がオーダー数も売上額も常に上をいっていました。
料理とは違い、簡単に言ってしまえば「開栓してグラスに注ぐだけ」で利益を生む「飲料」の売上は、レストランの経営を支える重要な要素です。
お客さんからの需要がある以上、中国料理店でもワイン人気の波に乗ってメニューに取り入れるというのは至極当然の流れだったと思います。
東京の高級中華ではワインをベースにしたアルコールペアリングが大人気。(写真はワインの勉強をするべきだと助言してくれた友人がオーナーシェフを務めるお店のアルコールベアリングより)
確かにワインは産地や葡萄品種、ビンテージなどだけではなく、グラスや微妙な温度の違いによって様々な味わいを見せてくれる面白さがあります。
そういう意味では紹興酒に比べるとその楽しみ方の幅は広く、どこか華やかに感じてしまうのは私も同感です。最近ではもっぱら紹興酒よりもワインにシフトしてしまった自分もいます…。
このように、日本の中国料理業界ではワイン勢力が急激に力を伸ばしたこの十数年でしたが、紹興酒陣営も巨大なワイン包囲網にただただやられていたわけではありません。同じ十数年の間に日本の紹興酒事情にも大きな変化が起こりました。
赤坂の雑居ビルにその1号店を開いた「中国郷土料理と中国酒」をウリにしていたお店のオーナーが、日本では流通していなかった珍しい紹興酒の輸入販売事業をはじめたのがちょうど10年くらい前だったと思います。
都内の個性派な中国料理店からの支持を徐々に集め、私の仲間内でもこの会社から珍しい紹興酒を仕入れることがちょっとしたブームになりました。
この業者さんは取引先のお店が仕入れた紹興酒の味わいや特徴を、ワイン居酒屋のようにレーダーチャートで紹介するメニュー作りまで手伝ってくれていました。
そのお陰で取引をする多くの中国料理店では紹興酒を「好みに応じて楽しく選べる」という新しいベネフィットをお客さんに提供できるようになったのです。
個人的にはこの業者さんのお陰で新たな紹興酒ファンを少なからず開拓、獲得することができたと思っています。まだまだ少数派ではありますが、紹興酒好きにとっても嬉しい時代になりました。
自分の好みに合わせて注文できる選択肢が広がったのは大きな一歩です。真ん中の写真は上海の黄酒「石庫門」。
ちなみに、中国においても20年くらい前から急激にワイン需要(特に赤ワイン)が高まっていて、現在ではその消費量は紹興酒を含めた黄酒全体の消費量をはるかに凌ぎます。
山東省や寧夏、河北、雲南などでの国産ワインの生産も盛んですし、フランス資本のシャトー、ドメーヌも中国に拠点を作り生産を始めています。現在ではワイン用の葡萄の生産面積は中国が世界第2位だそうです。
調べてみると、9000年前の河南省の遺跡からワインの成分の痕跡をもつ土器が発掘されていたり、2000年以上前の漢の時代の文献にはすでにワインについての記述がありました。それからだいぶ経った清の時代には現在まで続く西洋式のワイナリー「張裕」(チャンユー)が山東省煙台に設立されています。
いずれにしてもそんな大昔のワインと、現代の私たちが認識しているワインとでは味わいに大きな違いがあることは確実でしょうが、「中国料理とワイン」という組み合わせは本家中国においても、なにもこの数十年で始まった訳ではなさそうです。
ただ、個人的な思いとして若い中国料理人の方達にはワインの勉強ももちろん良いけれど、やっぱり中国を代表するお酒の基本知識や歴史、味わいも、しっかり勉強して欲しいと思います。
職場の台湾人ソムリエおすすめの中国産ワイン「嘉地酒園」のもの。仕入れ価格で1500~2000元(約3~4万円)なので安くはありません。
写真は中国でも手に入る五大シャトーのワイン。どれも仕入れ価格で6000元(約12万円)を超えます。フランス産などの輸入ワインを中国で買うと、関税などの関係で日本よりも高くなってしまいます。日本のコンビニで700円くらいで売っているチリワインが中国では2000円くらいするものもあります。
(2)につづく…