前回の投稿から少し間が空いてしまいました。

 

少し前になりますが、私が赴任している天台県でもとうとう「コロナ陽性者」が出てしまい、1ヶ月に及ぶ町の全面封鎖が行われていました。

 

職場や宿舎のある山の上と、山下の街との行き来も制限され、約ひと月のあいだ、山上から身動きの取れない状況になってしまいました。

 

上海のロックダウンの状況は日本でも日々報道されていたようなので、中国政府の「ゼロコロナ」への本気度は日本にいる皆さんにも伝わっていたと思いますが、こんな山間の田舎町でもそれなりに厳しい対策が敷かれました。

 

普段の生活では感じることのないスピード感で「(fáng)()」(感染防止)の対策が次々に展開され、従うほかないその強制力は、流石中国といった感じでした。

 

天台で一人目の感染者が発見されたのは4月末。山の下で食堂を営む女性だったようです。

 

発熱などが続き、天台で一番大きな病院「天台人民医院」を受診したところ、新型コロナ陽性であることが確認されました。そして、その情報はすぐに政府から発信されたSNSなどによって、ほんの一瞬で全県民が知ることになりました。

 

その女性のフルネームや年齢、政府が女性のスマホから特定した過去数日間の行動履歴などがすべて公開され、接触した可能性のある人も割り出されました。

 

濃厚接触者が多いと予想される地域は数時間の内に完全に封鎖され、接触した可能性があると判断された人にも、政府の防疫部門から直接、緊急隔離指示の連絡が入ったそうです。

 

ホテルの同僚の中にも、女性の店の近所に住んでいたために封鎖対象になった人や、女性が立ち寄った先で接触した可能性があるということで、当日の内に緊急隔離になってしまったスタッフが数名いました。

 

山上、山下を問わず、その日のうちに県民全員に対してPCR検査実施の通達があり、山の上では21時頃に臨時の検査会場が設置され、山上に暮らす全住民が集められました。長蛇の列に並ぶこと2時間、私の順番が来る頃には23時を回っていました。

 

陽性者が発見された当日の夜。小さな子供も老人も、山の上に暮らす全ての人が集められました。

 

 

その日から1週間ほどは全県民が毎日PCR検査を義務付けられ、最終的に40名弱の感染者が発見されました。そしてその人たちの濃厚接触者も含め、全員が即隔離となったようです。

 

このひと月の間は天台県から他県に通じるすべての道路が封鎖され、開通したばかりの「(gāo)(tiě)」(新幹線)の駅も封鎖、同じ天台県内であるにもかかわらず、山上と山下を結ぶ二本の主要な道路も警察がバリケードを設置して封鎖されました。

 

食料品を扱う小売店以外、飲食店や各種商店、会社や工場なども全て営業停止になり、学校は閉鎖され、私の働くホテルも当然休館となりました。天台の街のほぼすべての動きが止まってしまったのです。

 

他県に通じる道路は全て封鎖。

 

山下の商店街の入り口にもバリケードが張られ、立ち入り禁止になっていたそう。

 

 

現在中国ではコロナ陽性者が出た際に、国としての細かいガイドラインは無く、対応はそれぞれの地方政府に委ねられているそうです。

 

これまで、感染拡大の封じ込めに失敗した、いくつもの地方政府のトップが更迭などの処分を受けているため、地方の役人たちは戦々恐々としているという話も聞きます。

 

今回の天台での事例では、おそらく最小限の感染に抑えられたため、天台政府が執った初動から現在に至るまでの一連の防疫対応は成功と言えるのではないかと思います。

 

営業停止を勧告する天台の副県長。

 

 

ちなみに、天台で陽性者が確認されたのはこれが初めての事でした。これまで三門、臨海、新昌といった、まるで天台を避けるかのように周囲の町では感染者が出ていましたが、2020年1月のパンデミックから今回までの二年以上、天台だけは一人の感染者も出ることは無かったそうです。地元の人たちは霊山である天台山が護ってくれているのだとよく話していました。

 

封鎖中も山下の中央市場はほぼ通常通り営業していたようで、山上にある八百屋さんや肉屋さんには特別な通行許可証が発行され、山上に住む人々の食を守るため、仕入れ目的の往来は許可されていました。

 

毎日新鮮な食材を購入することが出来ていましたし、山から下りられない以外、山上の生活では特に行動の制限も無かったため、そんなに息苦しく感じることもなく過ごせました。

 

若いスタッフが作ってくれた晩ご飯。山上の商店では魚介類と牛肉が売っていないので、野菜の他は豚か鶏ばかりのひと月。特にする事もないので、毎日自炊で食べ過ぎました。

 

 

6月に入ってすぐに封鎖は全面解除となり、山下の街にも以前の活気が戻りはじめています。

 

しかし、今でも全県民に2日に1回のPCR検査が義務付けられており、48時間以内の陰性証明をスマホで提示できなければ、バスにも乗れないし、スーパーや食堂など人が集まる場所に入ることもできません。

 

特に私達のようなサービス業に従事する人たちは、48時間を超えてしまった場合には当然出勤することも許されない状況です。

 

2日に一回のPCR。もうやり過ぎて、今日やったのか昨日やったのか分からなくなってきます。

 

スマホの「健康コード」のアプリ内に表示されるPCRの陰性証明と時間。48時間を超えてしまうと、色々な行動制限の対象になってしまいます。

 

 

週に何度も市や県の「防疫」に関する各部門の偉い人たちが、ホテルが行う感染防止対策の視察、指導に訪れ、その様子をお付きの部下が写真を撮りまくるパフォーマンス色強めの「視察」も繰り返し行われています。

 

上海のロックダウンも6月1日で一応解除にはなったものの、私が住む浙江省の政策では、いまだに上海から訪れる人には7日間の集中隔離後、さらにプラス7日間の自主健康チェックが課せられるため、上海との人々の往来はまだまだ限定的な状況です。

 

天台の駅を出たところでも健康コードの提示が求められます。時間の他にも、警戒レベルの高い地域に行っていないかなどもチェックされます。完全なスマホ管理社会です。

 

 

賛否は別にして、上海ほどではないにしても、日本では考えられない政府の管理能力の強さをこの身をもって思い知ったひと月でした。

 

夏の行楽シーズンを前に、早く以前の状況に戻ってくれる事を願うばかりです。

 

天台封鎖 おわり

 

おまけ・・・

3月、4月には一面真っ黄色だった菜の花畑では、今は菜種が実り、収穫されています。

 

収穫された菜種は天日で干された後、圧搾して菜種油を作ります。

 

チシャトウの収穫が終わったら、今度はトウモロコシの苗が植えられました。

 

来月にはトウモロコシも収穫です。