東京と比べ、長く、寒かった天台山の冬が終わったと感じたのは4月に入ってからでした。

 

標高が高いために3月になっても雪がちらつく日が有りましたが、今月になり、ようやく山の上でも春の芽吹きを感じることが出来ました。

 

この季節、本来であれば観光地である天台には多くの旅行客が訪れます。

 

しかし、上海でのコロナ蔓延の影響など、国内の往来がかなり厳しく制限されているため、天台の観光業にも大きなダメージが及んでいます。

 

繁忙期であるはずのこの時期が、悲しいことに閑散期のような状態です。

 

4月も残すところ明日のみとなってしまいましたが、今回と次回は、私が体験した天台山の春を紹介します。

 

天台の観光名所『齋公故居』の庭園。

 

山上の菜の花畑。

 

水路脇に自生している「水芹菜」(セリ)と放牧中の牛の親子。

 

■清明節と「(qīng)饺 (jiǎo)(チンジャオ)」

中国には日本のお彼岸のような祭日として「(qīng)(míng)(jié)」(清明(せいめい)(せつ))があります。

 

毎年4月5日頃が二十四節季でいう「清明」に当たり、家族揃って先祖の供養や墓掃除をする日で、別名「(sǎo)()(jié)」(掃墓節)とか「()(chūn)(jié)」とも呼ばれる大切な祭日の一つです。

 

「春節」「端午節」「中秋節」の三つの祭日とともに「中国伝統四大節日」にも数えられています。

 

江南の広い地域には、この祭日の前後に「(qīng)(tuán)」(青団)や「(qīng)(míng))粿(guo)」などと呼ばれる、ヨモギ((ài)(cǎo))やハハコグサ((shǔ)()(cǎo))を練りこんだお餅状の食品を食べる風習があります。

 

細かな作り方やテイストは各地によって違いがあるものの、浙江、江蘇、上海で広く食べられている点心の一つです。

 

上海の南京路にある老舗点心店『沈大成』の「青团」。

 

『新 中国料理大全』の第三巻(広東料理)にも「(ài)(bǎn)」という、干し大根入りのヨモギ餅が紹介されているので、「ヨモギ」と「餅」は華東以南の地域では比較的よく食べられている組み合わせなのかもしれません。日本でもヨモギとお餅を使った和菓子は春の定番です。

 

江南では、中の餡には小豆や胡麻、蓮の実餡など、甘い餡を包んだものが主流な印象ですが、豚肉と雪菜(からし菜の漬物)を炒めたものなど塩味系の餡もあり、各地域の特色が表れています。

 

『新 中国料理大全』の中で紹介されている広東省の「艾粄」。客家(ハッカ)の人たちも清明の時期にはこのような「よもぎもち」を食べるそう。

 

そして天台にも、清明節には欠かせない「(qīng)(jiǎo)」(青餃)という名の点心があります。

 

広義には「青团」の一種でしょうが、天台では地元の名物とされているこの「青饺」の方が、「青团」に比べ遥かに存在感を放っています。

 

 

天台の街中で売られている「青饺」。

 

もち粉と米粉を半々に合わせ(人によっては小麦粉も加える)、すり潰したヨモギを溶いた水で()ねた生地が皮になります。

 

具材には特に決まりはないそうですが、殆どの青饺には大根、人参、インゲン、春筍、豚肉、豆腐干、ピーナッツなどを細かく切って、塩炒めにしたものが包まれています。

 

3月から4月中旬くらいまで、町の至る所で売られていましたが、今年は職場の厨房で洗い物をしてくれている地元のおばちゃんから、手作りの「青饺」を沢山頂きました。

 

去年、初めて「青饺」を食べた時は甘い草餅だと思って食べたので、塩味の餡に驚きました。私は甘いあんこの「草餅」が大好きなのですが、食べ慣れてくるとこれはこれで美味しいと思うようになります。

 

米粉が入っている分、いわゆる「お餅」のように伸びたりはしません。モチモチというよりも、ムチムチしていて歯切れも良く、1つだけでもズシリとお腹に溜まる感が。

 

この季節、宿舎から少し歩くとあちらこちらに食用可能な野草が茂っていますが、その中にヨモギやハハコグサも群生しています。

 

ヨモギの種類は沢山あるらしく、その中でも「()(qīng)」と「(ài)(qīng)」がよく使われるそうです。ハハコグサは天台では「(fěn)(qīng)」と呼ばれ、洗い場のおばちゃんは、それらの草をまとめて「(qīng)」と呼んでいました。

 

「大青」。天台でも標高の高い山の上にしか無いそう。葉っぱ1枚が手の平位あります。日本語ではなんて言うんだろう?

 

「艾青」。日本でもお馴染みのヨモギです。

 

「粉青」。標準中国語では「鼠曲草」と呼ばれるハハコグサ。

 

洗い場のおばちゃんに尋ねたところ、「青饺」を作るのにはどの「青」を使うかも特に決まりはないそうです。それぞれ風味が違うので、好みのものを摘んできて作るそう。

 

しかし、生えている場所の日当たり加減や、葉の成長の程度から、その時々のベストの「青」を摘むのが大切だそうです。

 

地域に根付いている伝統的な食に関しては、私たち料理人よりも、むしろ地元のおばちゃん達の方が知識も経験も豊富なのは日本でも同じです。


天台の郷土食である「青饺」を語ってくれるおばちゃんの前には学びしかありませんでした。


洗い場のおばちゃん陸さん。手にしているのは花が咲いた「草头(草頭)」(日本語名はウマゴヤシ)。

 

(qīng)()()(チンマーツ)」と「(sōng)(huā)(fěn)(ソンホアフェヌ)」

そしてもう一つ。

春分から夏至(げし)までのちょうど中間にあたり、まもなく迎えるのが「立夏」(5月初旬)ですが、天台が位置する台州や寧波など、浙江省の各地では立夏の前後に「(qīng)()()」と呼ばれるお餅も食べられています。

 

こちらは完全にもち米とヨモギを(きね)()いて作ったもので、いわゆる日本の「お餅」と大差ありません。

 

(hóng)(táng)」(黒糖)を入れて搗く場合と、红糖を加えないプレーンなものがありました。

 

 

石で作られた杵と臼で搗いた、搗き立ての「青麻糍」。表面の黄色い粉は…!?。

 

搗き立てのお餅は柔らかく、農家の手作り蜂蜜につけながら食べればいくらでも食べられそうな美味しさでした。

 

余ったお餅は翌日、油で煎り焼きにして食べる点が日本のお餅とは違いますが、これも多くの日本人が好きな味だと思います。

 

ですが、この「青麻糍」でびっくりしたことがひとつ…。


ぱっと見「きな粉」に見える表面の黄色い粉ですが、じつはこれ「(sōng)(huā)粉」(fěnと呼ばれる「松の花粉」だったのです。

 

黄色い花の部分をはたくと黄色い花粉が飛び散ります。

 

松の花ばかりを集めて干しているところ。下に敷いてあるビニールごと揺らすと花粉が取れる。ビニールの上の黄色い部分は全て花粉です。特に強い味や香りがあるわけではありません。

 

私はこれまで「松の花粉」が食用になるとは全く知りませんでした。


調べてみると「松黄」などの名で漢方薬としても流通していて、湿疹などの皮膚炎や弱った胃を治す効果があるそうです。

 

今回の「青饺」や松の花粉を使った「青麻糍」など、天台に赴任することがなかったら、きっとその存在を知ることすらも無かったと思います。

 

季節の食材を身近に感じることができ、古くからの飲食風習を色濃く残している田舎での生活は、都会では味わうことの出来ない楽しさや発見に溢れています。

 

つづく…