こんにちは。Makanaです。



※閲覧ご注意ください。この下は震災の記憶を書いてます。





2011年3月11日   東日本大震災



この日は娘のハーフバースデーでした。


娘が寝ているうちにとキッチンで準備中、緊急地震速報が鳴りました。

携帯を持ち、寝ている娘の所へ。
想像以上の揺れ、娘の上に被さりました。

物が落ち、割れる音、停電、あまりにも長く止まらない揺れに「早く止まって!!」と叫んでいました。


ようやくおさまり、あたりを見ると物が散乱していました。

その日まではと飾っていた雛人形が全部落ちていました。

鍵を閉めていた窓が開いていました。

おそるおそるベランダに出ると、
とても静かな中、ヘリコプターの飛ぶ音だけが聞こえました。

停電のため状況がわかりません。


まず、何をするべきか。
どうしよう、どうしようとばかりで何も出てきません。


避難しなければ。
玄関を見ると、前の納戸から荷物が出てて、鍵もあけれない。

荷物をまとめていると、義母がきてくれました。
そのまま義実家へ。雪が降っていました。
お祝いもできず、寒く、真っ暗な中ロウソクで過ごし、一睡もできず朝を迎えました。


義父と主人が帰宅したのは数日後でした。
義父、主人、母が津波の被害に遭いましたが、ありがたいことに怪我もなく無事でした。


電気が復旧後、一度マンションへ。
その時は気付きませんでしたが、あらためて見ると酷い惨状。
寝室の壁は崩壊寸前。隙間から中が見えるほど。
キッチンは油ポットが落ち油まみれ。
マンションに戻るまでは数ヶ月かかりました。





あれから6年

娘も6歳6ヶ月。来月からは小学生です。

ショックで飾れてなかった雛人形がようやく飾れました。

思い出すといまだに涙が出ます。

いつまでも忘れられない、忘れてはいけない記憶です。