前橋に行ってきました。
16年ぶりに純子に会いました。
とても癌を患った人とは思えない、丸顔の中学生
の時のまんまの純子でした。
二年前に、肺と骨に転移しているのがわかった
そうです。
そんなに長くはないと、ある程度覚悟はしていた
ようですが、今年のお正月は自宅でちゃんとお節
を作って過ごしたそうです。
先月末に少し調子が悪くなり、検査のための入院
をしたそうです。
それでも、自分で売店まで行き、好きなプリンや
お菓子を買ったり、ご飯もちゃんと食べていた
そうです。
いつものように、朝普通にトイレに立って倒れ、
本当に突発的な、心肺停止だったそうです・・・。
純子自身も、そんなつもりはコレっぽっちも
なかったでしょう。
数日後には、ご主人とご長男が待つ自宅へ帰る
つもりでいたでしょう。
だけど、これは本当に不思議な事ですが、シカゴ
に赴任中の弟さんが、偶然たまたま、先月末から
出張で日本に来ていたそうです。
それでちゃんと今回参列できたとのこと。。。
なんとなく、純子がそう仕向けたのでは?と皆で
話していました。

純子のご両親とは32年ぶりの再会でした。
葬儀場に着いて、私はご焼香よりも何よりも、
純子のお母さんに抱きついてしまいました。
何をどう話したか覚えていません・・・。
ご主人とは初対面でしたが、以前から純子は、
『自分に何かあった時、能代時代の友人は来て
くれるだろうか?
自分だけ前橋に居るから、淋しい・・・。』と話して
いたそうです。
葬儀場も『ここがいい』と自分で決めていたのだとか。
駅からも自宅からも近く『皆が来やすい場所だから』
と。
ピアノの生演奏がある、純子らしい葬儀でした。
ピアノの教え子さん達の中には、既に音大の先生に
なった人もいるとのこと。
20代30代を、どんなふうに過ごしてきたのか、
もっともっと話したかったなあ。
どんなふうに子育てをして、どんなふうにママ友達
と関わって、どんなふうに長男の嫁をやって、
何が楽しかったか、何が辛かったか、もっともっと
聞きたかった・・・。
沢山の大好きなお花と折り鶴に囲まれて、あっと
いう間に、純子は旅立ってしまいました。

私にとっての中学3年間は、本当に宝物のような
時間を過ごしたと感じています。
あの時があったから、今がある!と思っています。
吹奏楽を一生続けたいと思ったのは、中学時代の
出会いがあったから。
そんな大切な時間を一緒に過ごしたのが純子でした。
私は今後彼女のために、何もしてあげられなくなって
しまったわけだけど、、、
自分が元気なうちに、できるだけ、会いたい人には
ちゃんと沢山会って、沢山話をしておこう!
と強く思いました。
躊躇せず、迷惑がられても、会ってやる!!!
そう決めました。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
