筆者(展蔵長男)は物心ついた時から、父が途方もなく
偉大な存在に思えていた。そのような偶像として
私の胸に刻まれていた。だれから聞いたのでもない、
自然のかたちでそうなっていた。父の血筋には、
特別に優れていたという事実は出てこない。
しかし私は、父展蔵は思想面の天才であったと信じている。
(子が父を純粋に客観性を保って記述するつもりなので、
許していただきたい。)
このような父が何の変哲もない津志田の地に
なぜ生まれたのか、不思議と言うほかはない。
天の使いであったのであろうか。その秘密を解明したい
気持ちにかられるのである。
倅でありながら自分の父のその辺のこともわからないのか、
と疑問を人がいるかもしれないが、肉体上のことは
いざしらず、精神上の問題、精神構造の問題になると
話は別である。
考えてもらえたい、そもそも人間の大脳は、18歳までに
大部分が完成してしまうことになっている。
脳細胞14億のシナプス(細胞結節点)はそれまでに
ほとんど90%連結されてしまい脳は完成されて
しまうのである。私は父の28歳の時の子である。
私が産れた時、父の能力または能力の原型は
出来上がってしまっていたのである。
その脳の構成要因は私にはわかりようもないのである。
それはともかくとして、私が父に直接接したのは
上海時代の3年間、それに終戦前後の3年間である。
それからは断続的であった。その他は文通によるものであった。
したがって生涯の四六時中を、父に接していたわけではないが
思想形成期と思想完成期の重要時期には生活を共にしており
またいわゆる親子として通じ合うものであっても、
その根本精神については、私なりに、把握して
いるものと考がえている。
父の思想はその素質と共に自らの人生の苦闘による
体験に裏打ちされて築かれたものである。
父は良く空理空論はだめだということを言っていた。
そして現実に役立つものを、と言っていた。
それが父の思想の根底をなしている。
(続きます。)