みんな元気ですか![]()
これで終わりだよ![]()
とまあ、今までソーラーフラッシュの事を
書いてきたのですが本当にそんな宇宙規模の
一大イベントが起きるのだろうかという事に
関しては半信半疑と言うのが本音です。
平凡な毎日に埋没した生活を送っていると
まさかなあ・・・と思わないでも
ありません。
ただコーリーグッドやデービッド
ウイルコックが今までほかの様々な機会で
数十年にわたって異星人の事を縷々
述べて来た事にはかなりの真実を感じます。
それに今回、彼らの言っていることは何だか
二人の活動の集大成のような気がするのです。
それを考えると、これを単純にあり得ない
こととして無視するのはいかにも今までの
時間が無駄になるような気がします。
異星人の存在の可能性にワクワクするのは
ごく自然なことだと思うからです。
だから何だか「51%」くらいの可能性は
あると思うのです。
あるいは彼らの言っていることを、本当か
どうかは別にして、活かす方法がありそうな
気もするのです。
「信じる者は救われる」という言葉が
あります。
もしかするとこの「救われる」と言うのは
心の在り方のことではなくてあの事
かもしれないと思ったりもします。
「その日」のために準備するという意味
にも受け取れます。
そこでデービッドウイルコックが
言うところの51%の善行とは何かを
より具体的に考えてみます
さて・・・
以前にも一度触れた事ですが仏教では
悟りに至るために徳を積む事をとても
大切にします。
最大の理由は徳を積むことこそが悟りの
世界にはいるための一番の近道であり、
同時に死後の世界で光の世界に至る方法
だと教えられました。
しかし・・・
ソーラーフラッシュのイベントの事を
考えるとこの徳を積むという事の別の意味
が浮かび上がってくるのです。
51%をクリアするためにこの教えが
あるという可能性です。
そこで仏教で教える徳を積むための具体的な
教えの一つに焦点を当ててみようと
思うのです。
この方法は何だか人間的でゆるーくて、
あたたかくてこれなら実行できそうな気
もするからです。
キリスト教やほかの宗教で言うところの
ストイックでガチガチの修行とは違います。
もしかすると仏やキリストはその日が
来ることを知っていたかもしれない
とも思うのです。
その徳を積むための教えで最初に
出て来るのがお布施です。
普通布施と言えばお金や物を捧げる
「財施」を指しますが、仏はそれ以外に、
どんな人にもすぐに実行できる布施行を
説いています。
それが「無財の七施(しちせ)」と
言われるものです。
雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)という
お経にはこれによってお財布を痛める
ことなく大きな徳を積むことが出来る
と書いてあります。
その七施とは・・・
眼施(げんせ)
人々にやさしい眼差しを向けて行く事
和顔施(わがんせ)
柔和な笑顔で人に接する事
言辞施(ごんじせ)
親切であたたかな言葉を必要な時に
かけてあげること
身施(しんせ)
体を動かして人々に奉仕すること、
ゴミ拾いなど
心施(しんせ)
常に相手を思いやる心を運ぶこと
床座施(しょうざせ)
座席を譲ること
房舎施(ぼうしゃせ)
家で泊めてあげたり人をもてなすこと
菩薩の位に達する人の布施行に対する
心構えはすべての人々に対して我が子に
対するような慈愛の心をもち、行(ぎょう)
ずる時は、我が子の病気が治るのを見る
ような喜びの気持を持ち、施し終わって
とらわれない事は我が子が成長して独立する
のを見るようなものである・・・
と説かれています。
最後の房舎施ですがモンゴルやアラスカの
イヌイットの人たちは遠くから来た人には
見ず知らずでもとてもあたたかく
泊めてあげて食事をふるまう習慣が
あるそうです。
遠い昔には日本でもこのような心はきっと
当たりまえだったのかもしれませんね。
そのような民話がいくつかあります。
雪の降る寒い夜に旅人を泊めてあげたら、
その人が実は神様だった・・・
いつか人がどこかに置いてきた心
なのでしょうか。
全部すぐには無理だとは思いますが
というのは、これが全部教えの通りに
実行出来たらすでに菩薩の位の悟りの
境地にはいっているわけです。
それにこの7つのうちの4つが普通に
出来るようになれば
なんと51%を軽くクリア出来る
ことになっているし・・・
少なくともこの反対の事をして心の花畑を
踏み荒らすような事はしたくないと
思うのです。
昔密教の日曜学校で習ったなかでとても
印象に残った事の一つでした。
例え宇宙的イベントの時が来ても来なくても
なんだか暖かい日々が送れる気がするのです。

(最初の眼施を練習する僕・・・
柔和なまなざし・・・ジー
)