yiccheeさんのブログ -17ページ目

今日は仕事に

結局仕事に行ってみました。
たかが1時間たらずですが。

税金やらなんやら、家ではできないことを済ませて、
あとはまたしばらくしたら連絡します。と伝えて。



周りのみんなも頑張ってるのになぁ…
なんて思いながらも、今はお願いします。とだけ伝えた。



たまたま母の通院もあったので行ったのですが
「あの子は立ち上がるの早いから大丈夫だよ!お母さん」
と母も言われたようです。



自分でも分かってるのよ。
立ち上がりが早いこと。


だから今は立ち上がるようになるまで
みんなに助けてもらいます。
無理に立ち上がらず時を待ちます。


多分幼稚園が始まったら、しばらくしたら元に戻るはず。



特に今週は毎日訪問者や手続きで追われて(?)いるから、全て手抜きで生きていこうと思ってます。


仕事の間、そして帰ってきてからの睡魔に勝てなかった1時間、
お友達のお家に子供たちを預けてました。
昼寝をしてたら、あまりにグッスリすぎて、
「疲れてるのかなぁ」
なんて思ったり。


旦那は郵便局に勤めていたので、郵便局の配達の方が来るたびに
お線香をあげて下さいます。

そして、旦那の思い出話をしていく。


今日は
「田岡君はリストラになる人や減給になる人が多い中、時給が100円も上がって期待されていたんだよ!」

「最後に話をしていた広浦局のご夫妻とかなり仲良くなっていたみたいで、ショックで寝れず、広浦局もまだ開けていないんだ。無理にでも止めておけばよかった…と言っていたよ。」

「俺があの日、『荷物手伝いますか?』って聞かれた時、手伝ってもらえば閖上にいなかったのかもしれないなぁ…」


なんて話をしていました。


自分ではないから、余計に悔しく思う。
私の周りの方も、同じように話して下さる人がたくさんいます。



ありがとう。


こうなった今も、旦那のことを話してくれる人がたくさんいる。
みんな口をそろえて『いいやつだった』と言ってくれる。
ありがたいねぇ。


明日は幼稚園。
今日は早く寝ます。

心の整理

火葬のため自宅に来ていた旦那の家族が気仙沼に帰りました。

旦那が主に乗っていた車(軽)は、実家の親戚に売った。



実家がきて改めて思ったこと
「津波の被害の大きさと恐怖」


もちろんニュースや動画、新聞、さまざまなもので見てきた。
今も続く大きな余震。

実家の家族は余震では騒がなかった。
(私は「地震!!」といって反応するが…)



家族は「津波は?警報は??」
と反応する。


まだまだ見つからない親族がたくさんいるらしい。
母親は生まれ育った地域だから、友人もたくさん亡くした。



私は家から出なければ、震災前と同じ日常なのである。


でも、少し海沿いに行くだけで、惨い現状がある。
結構図太い神経なはずの私ですら仕事ができない心情になっている。


我が家には明日仏壇が届く。
少しでもいい環境に祀ってあげたい。
子供たちを見守ることのできる場所に置いてあげたい。

そう思って、今日朝一番に買いに行った。

仏壇をおくことで、現実を受け止めていかなければならない状況になった。


仕事もしてない、子供も幼稚園に行っていない、
それなのに、毎日驚くべき早さで日々が過ぎ去っていく。
家も全然片付かない。むしろ散らかっている。


家や荷物を整理することで、自分自身の心の整理ができるのだと思っている。
でもまだやる気になれず…。


いままでだって家族4人でご飯を食べることなんて
1週間に1回あったかどうか…。(仕事上すれ違い)
それなのに「もうここで一緒に食べることがない」と思うだけで
やりきれない気持ちになる。
きっと過ごす日々が長ければ長い程、感じる回数も増えるのだろう。


落ち着いたら今週からでも…
と思っていた職場には、「しばらく休みたい」と申し出た。


周りの人に助けられながらでも
自分自身が「心の整理」をしようと思わなければ
なんにもできないんだとつくづく感じている。


毎日毎日少しずつ整理して行こう。
体も心も部屋も。

政治家って…


震災後からちょこちょこ出てくるニュース。


http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110327-OYT1T00518.htm

http://www.jimin.jp/jimin/daily/11_03/27/230327a.shtml


「早く復興を!」

と思うのであれば、政党を超えて復興を目指すべきではないのか??


政治のことは詳しく語れるほど分からないが、
谷垣氏が「直接見に行っている」アピールにしか見えなかった。


もちろん様々なことがあると思うが
何よりも今は「日本を建て直す」ことが重要であり
それには力がある政治家が党を超えて
復興策を考え実行していくべきではないか。


1週間でもいい。
壊滅した地域、原発の避難地域に住んでみたらいい。



「我々の方が災害対応への知識も経験もある」(幹部)という自信から、

政府の対策とは距離を置き、党独自の動きをとっていた。



「我々のほうが」なんてそんなのどうでもいいから、力のある方々が力を合わせて

早く復興にむけて進んでいただきたいと思うのは私だけだろうか…。




他の地域のことはまだよくわからないが
震災にあって、仙台から名取へ引っ越してきてよかったと本当に思った。


●HPの更新の頻度と情報量
●市役所にさえ行けば、避難所ごとに整理された避難者名簿
●市政だより(震災臨時号)の具体性
(市民から多く寄せられるであろう情報がたくさん掲載されている)
●区長さんによる1件1件の安否確認
●救援物資の在宅者への配布(希望リストを提出すると発送されるらしい)


名取に引っ越さなければ旦那は元気だったのではないかと
言われればそれまでだが、市役所の職員だって区長さんだって被災者。
市長は閖上出身らしく、今日の河北新報に記事が掲載されていた。


「人命救助が最優先、3/11夕方から現場作業を止めるなと指示」
「家族の元へいち早く」
「市町村が主導し、国が支える形になるよう国は配慮すべき」


全くだなぁ…。
主人も発見まで1週間かかり、私も探しに行ったり検索したり。
いろいろしたけど、名取は遺体もきれいにして着替えて、
お化粧して、棺に入り…、すべて市の負担でやってくれていた。
話に聞くと、洗濯ネットのようなものにくるまれているところもあるとか…。

手続きも迅速。ライフラインも現在は99%復旧。
市役所も丁寧かつ迅速。



「人」を大事にしてくれている街だと感じた。
それでも尚不明者が1000人、死者784人である。


我が子が通う巨大幼稚園の園児全部より200人も多い数じゃないか!

それもみつからない人は1000人、その家族や親せきを考えたら

何万人もの人が苦しい思いをしているのである。


仙台市民に戻るか前は迷ったりもしたけど、
ずっと名取市民でいいな~。