2020.11.7付け朝日新聞の「惜別」欄に掲載されていた、〈ギタリスト エディ·ヴァン·ヘイレン〉に関しての一部を抜粋させていただきました。
子供のように 音と遊ぶ天才
(一部略)
エディはロックギターに「笑い」を取り戻した人だった。
カウンターカルチャーの反抗ではない。
プログレの芸術性でもない。
失業時代に吹き荒れたパンクロックでの怒りもない。
ただ楽しいのだ。
笑ってるのだ。
ギターというおもちゃを、天から与えられた子供。
反抗? 怒り? 知らねえよ。
それより見てくれ、こんな発明したんだと、右手で指板をタッピングし、アームをくねらせ、聞いたことのない奇っ怪な音を出す。
青白いばかりの病室に、自作のギターを抱えて飛び込んでくるはな垂れ小僧。
デビュー昨「炎の導線」は、そんな趣があった。
では苦労知らずのガキだったかというと、逆だ。
オランダ人の父、インドネシア系の母の間に生まれた。
オランダでは差別を受け、米国に移住。
一部屋に家族で暮らす貧窮生活だったようで、最初のギターは新聞配達をして買った。
ファミリーネームを冠したバンドは1980年代に大成功したが、晩期は苦しんだ。
酒浸り。 ドラックにも手を出した。
2007年のバンド復活コンサートを見ると、それでも、トレードマークの「ニカッ」笑いで輝いている。
天才はいつでもいくぶん、大きな子供だ。
(編集委員·近藤康太郎)
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