肉体的に成熟し知的に洗練されていても、私たちの潜在意識はかなり暗示を受けやすいものです。
潜在意識はそこにやってくる印象を取り込み、それが見る状況を再現します。
感受性の強い子供を有害な影響から守るように、あなたの健全さを減じてしまうような印象を潜在意識が取り込まないように、防御してあげる必要があります。
新聞を読むたびに、暴力的な映画やテレビ番組を見るたびに、そして恐れる心がつくりだした話に巻き込まれるたびに、あるいは自分や他人の欠点について話すたびに、あなたは自分の潜在意識に毒を注入していることになります。
どんな思考でも、とくに感情がともなった場合には、何らかのかたちで具現化します。
夜入っていく夢の世界などがそうです。
私たちはつねに創造のプロセスにあるので、できるだけ自分に栄養を与える思考やイメージを消化するように気をつけるべきです。
問題は「あなたは創造するか」ということではなく、「あなたは何を創造するか」ということなのです。
「「願う力」で人生は変えられる」(アラン·コーエン著)p227
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本当に「耳たこ」のように、「内側」に関することしかブログに書いていないような今日この頃。
まあ、私の潜在意識に刷り込んでいることもありますね(^ー^)
ページが前後しますけれど…
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自分のスピリチャルな体験や新しいアイデアを話す相手を選ぶときには、しっかりと見きわめなくてはいけません。
癒しやビジョンのように、祈りというのはとても個人的なもので、その人特有の体験です。
ですから、それを疑ったり反論したりするような人々に話せるようになるまでは、それを意識的に自分の中で十分しっかりするまではぐくむ必要がある必要があるのです。
前にも話した胎児の母親のように、自分にとって意味のある内なる体験がしっかり一人歩きできるまで、愛情こめて守ってやらなくてはいけません。
「「願う力」で人生は変えられる」(アラン·コーエン著)p226
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小さいころ、たぶん就学前に、「私はゲームの駒で、空の上で神様か宇宙人が動かして見ているんだ」と思っていた記憶があり…
2006年のお正月に「神との対話」(ニール·ドナルド·ウォルシュ著)に出逢い、その記憶が何十年ぶりかに蘇り…
少しずつ意識してプロセスを歩んで(が起こって)います。
確かに〈私〉に同化している内は〈ゲームの駒〉なのでしょう(^ー^)
そこから視点を少しずつ上に上げていくと、〈私〉というプログラムから離れて、〈人生〉という〈体験〉を楽しめるようになってくるようです(^ー^)
「すべてが〈愛〉の中で」、と思えない瞬間も正直まだありますけどね♪
プロセスの途中で、いろいろと面白いことを〈私の世界〉に起こしてくれる〈内側〉に感謝しつつ✴