質問者 世界と世界に関する私の知識、どちらが偽りなんでしょうか?


マハラジ あなたの知識の外側に世界は存在するだろうか?

あなたはあなたが知っていることの彼方へ行くことができるだろうか?

あなたはマインドを超えた世界を仮定するかもしれない。

だがそれは証明されない。

証明されない、証明されることのできない概念としてとどまるのだ。

あなたの体験があなたの証拠だ。

そしてそれは、あなたにとってのみ有効なのだ。

ほかの人びとがあなたの体験に現れるほどしか実在ではないとき、あなたの体験を誰が体験することができるだろう。


質問者 私はそれほどまで絶望的に孤独なのでしょうか?


マハラジ 個人としてのあなたは孤独だ。

真の存在においては、あなたは全体なのだ。


質問者 あなたは私の意識内に現れる世界の一部なのでしょうか?

それとも独立しているのでしょうか?


マハラジ あなたが見ているものはあなたのものだ。

私が見ているものは私のものだ。

その二つにとって共通のものはほとんどない。


質問者 私たちを結びつける何か共通の要因がかならずあるはずです。


マハラジ 共通の要因を見いだすために、あなたは分別心を完全にすてさらなければならない。

ただ普遍なるものだけが共通なのだ。


「アイ·アム·ザット  私は在るーニサルガダッタ·マハラジとの対話」p552

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「私」、「個人」という「分離意識」を少しずつ捨てて、「おおいなるひとつ」に溶け込んでいけば、「孤独」から「ひとつ」という「安心感」に変わっていける。

地球という「共通」のものは与えられているが、ひとりひとりのシナリオ(ゲーム設定プログラム)は、類似性があるものも見うけられるが、主人公のキャラ設定(環境など)は違う。

与えられた(与えた)ゲームシナリオの主人公に、いつまでも同化していては、「本当の自分」を忘れ、シナリオの中で右往左往したまま、体験を終えてしまう。

別にそれでも「大いなる一つ」にとっては、いっこうに構わないのでしょうが…

ゲームの中の主人公に同化していたことに「気づき」、時に余裕をもちながら、攻略法を試行錯誤したりする、プレイヤーに移行していく方が楽しめますよね?

って、RPGはほとんどやったことはないのですが(^_^;)

この世のRPGは、ほとんどの人が参加中ですね♪(^ー^)

現在、「東京の下町のおばあちゃん」(体内年齢は52歳(^o^))キャラで体験中(^o^;)

そんな体験の中での「気づき」のプロセスを、これからも綴っていきます。

お付きあい頂いている方々へ、ありがとうございます(^人^)