いまNHK Eテレ「100分で名著 西田幾多郎 純粋経験と実在を解き明かす!」という30分番組を、なにげに観たところ。

今回は3回目ということでしたが、西田幾多郎の「善の研究」を題材に読み解く番組で、私には結構難しい内容でしたが

西田幾多郎はその本の中で、純粋経験=実在であることを説いているとの話で

例えば、目の前にある1個のりんごを観た時、それは他のどのりんごとも違う固有のものなのに、「赤いりんご」と言葉にした途端、概念化された、一般的なりんごとなってしまう。

これは世界を「ありのまま」に観ていることにならない。

現実そのままを、ありのままに「感じる」ことが純粋経験であると。

何らかの「思想」「人生観」「価値観」などの眼鏡を通さずじかに経験すること。

説明すると、その枠に入れ、小さくして言葉の枠に入れてしまう。

そんな話の中で、今日の夕方アップしたブログにある、「柳宗悦」の名前が出てきて(シンクロ(^ー^))

柳宗悦の話として

「物を観るとき、じかに物が写れば素晴らしいが、大方の人は、思想や嗜好、習慣を通して観てしまう」

「今日出会うことと、明日出会うことは全く違うもの」

のように語っていると。

解説の方が、

「私たちは物を観るとき、誰が作ったか、いくらか、前に誰が持っていたかなどを考えてしまいますね。」と。

いやはや、何気に観たら、「柳宗悦」という方のシンクロで少し驚きました(*_*)