話さない話せないことで学校行っていたころは別方向で問題児でした。先公的には問題児ってこと。

 

場面緘黙症は1000人に1人くらいともいわれるくらい珍しくないため、ベテラン先公なら経験しているはずなのに昔はただの変な子変わった子としか扱われず。

 

だれにも気持ちを本心を言えなかった。先公は当然のこと、親にも。親が話せないことで責め立てる目立たないことで怒るで、寄り添ってくれる人がいなかった。

 

授業サボって徘徊する不良や大声で暴れるようなやつに比べたら、発言はしないけど授業はまじめに受け成績も上位にいた自分はそんなに悪くない。中学校では美術や家庭科で作らなかったことがあったけど、作らなかっただけで邪魔はしていない。だってやりたくなかった。

 

小学校の頃母親がよその人に

「女の子はおしゃべりなくらいでいい。」

「おたくの子は静かやねえ。」

などと言われて、恥ずかしかった、なんであんたは以下略と世間体を保てなかったことに対して怒られたこともあった。

 

親も先公も昔の人はこどもの気持ちを汲むことができないばかりやったんやね。