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ぴんぐーの1日(Yahooブログより)

Yahooブログ「ぴんぐーの1日」より引っ越してきました
こちらでもどうぞよろしくお願いいたします。

毎年めぐってくるこの日に、
思い出す場面が毎年違う。

今年は妙に、
あのてんこ盛りのルピナスの花束の
鮮やかな色色がよみがえった。

彼女の友人たちが次々次々と、
皆一様に胸いっぱいのルピナスの束を抱えて
会いに…お別れに来てくれた日。
あれは北見の慣習なのだろうか。

農地で栽培され、
畑に巻き込まれて畑の栄養になるという
ルピナスの花言葉は「献身」だそうだ。
優しく、たくさんのひとに愛された
彼女の人生そのままに。

花の色は、なんと熱にも焼かれず
骨に移り残った。
彼女の最後の欠片に
彼女の友人たちが永遠に刻んでくれた友情は
淡いピンク色、
彼女の大好きな色だった。


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「翼よ、あれが巴里の灯だ」
は無着陸飛行だけど

わたしの翼は
迷いまくり
折れまくり
墜ちまくり。

這々の体でたどりついたら
そこはもっともっと先への入口。
行き着くところなんてない
わたしはずっっっと歩き続ける。

迷っても
立ち止まっても
落っこちても
悔やまず恨まず
今日の命と糧と
数々のご縁の恵みに感謝して
また明日も明日を目指す。

I can fly as long as I dream!
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わたしが人生に計画を立てることにこだわらなくなったのは
計画も備えも努力もすべてを吹き飛ばす事態が
人生には多すぎることを学んだからである。

この15年の間に、7回の引っ越し
わたしがどんなに定住派でいたくとも
安定志向であろうとも
人生のすったもんだは常にわたしを開拓と前進へ
そして別れと出会いへ導いてくる。

引っ越しはいつも突然やってきた
荷造りに取捨選択の時間も心の余裕もないまま
ガバガバまとめてドカドカ運び込み
積み上げたままの箱のいくつかが
そのまま次の旅に出ることも多々。

こんな箱、誰がどう見ても
もうそのまま捨てちまえ!的な箱書きだが
何年開封しなくても
わたしにはそこに入っているものがわかる。
必要ないものと要らないものがビミョーにちがうのだ。

けど、人生最後の日
この世にありがとうを告げる日
最期の引っ越しに
わたしにはこのこころひとつあればいい
ほんとうはそれでいい。

それだけでいい。
親友からの便りが届く。

高校卒業以来、美術館に行くたびに
彼女とポストカードを送り合っている。
ここ何年か、お互い忙しく慌ただしく
それも間遠になっていたけど
久しぶりに届いたポストカード。

添えられた手紙には
ついつい忙しく・・などといったレベルでなはい
彼女の大変さを伺わせるひと言が添えられていた。
彼女の元気を案じるときはいつも
彼女の大切な人たちの元気も一緒に案じていたのだけど

「やっと絵を見れるような時間と心が帰ってきました。」

と、ひとこと。

彼女はいつだって
自分がつらいときに一言の愚痴も漏らさない。

私はいつも彼女に甘えて
いつも彼女に励まされて
いつも彼女に助けられ支えてもらってきたのに
今回も私は彼女の何にもなれなかった。

それは、・・・きっと恐らくは
誰にもどうにもできないような状況だったのでしょうけれど・・・。


彼女に送るために買ってあったけど
(単純な)忙しさに紛れて
出せず仕舞いだったポストカードを引っ張り出す。
私たちが大好きなルノアール
私たちが大好きなラファエロ
見つけたら必ず送り合うニャンコ絵
私たちがおすすめし合う好きな画家の絵。

大好きなあなたに、大切なあなたに。
あなたとの友情が
私たちの人生の永遠の宝物である感謝を
伝え続けたい。
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「パリ、モントルグイユ通り、1878年6月30日の祭日」
クロード・モネ
1878年6月30日、公式決定により共和国を讃える祝祭が開かれた)
 
7月14日、パリ祭
 
国民が自由と権利を獲得した喜びを
その道のりで犠牲となった幾多の魂への感謝と祈りを
受け継いだ至高の宝を次の世代へ手渡す覚悟と努力を
 
わたしたしの国家が忘れるようなことがあってはならない
ましてや、投げ捨てるような事があっては断じてならない
 
Vive la France、Vive la liberta!
 
全ての命がいたわり合える国家を。世界を。